25話 銀色×エンカウント

 謎イケメン現わる。

 レモナさんのあまりの美しさに、イケメンさんが釣れちゃった。


 手の指に軽い口付けという姫的扱いを受けたレモナさんは、衝撃から立ち直ったのか、急いで手を振り払い距離を取る。


 イケメンさんはそれでもニコニコしている。柔らかい感じの微笑みで、紳士という言葉がぴったりだ。


「触んなっ。つか、あんた誰だっての!?」

「これは大変失礼致しました女神さま。わたくしごとき小さき存在が女神さまに触れるなど……。貴女さまの美しさの前に、こうせずには居られなかったのです」

「ひっ、やめろ。女神さまはマジでやめろっつーか……」


 レモナさんが、目元まで覆うくらいに頭を抱えてしまった。

 私達はこの状況に面食らいつつも、レモナさんを守るように位置する。


「女神さまとお呼びするのはお気に召しませんでしょうか?では宜しければお名前を……ああ! まずはわたくしが名乗るのが礼儀というものですね」


 イケメンさんが、こちらの警戒を気に留めた様子もなく話し出す。


わたくしはシェオメールと申します。貴女さまに隠し事をするのは心苦しいのですが、できましたら家名はご容赦願います。私の事はシェオとお呼びください。剣士としてソロで旅をしている、ハンターでございます。どうぞお見知りおきを……」


 イケメンさん――シェオさんが、かしづいたまま洗練された所作でお辞儀した。


 シェオさんは中性的かつ端正な面持ちで、綺麗な銀髪を後ろの下の方で一つに結んでいる。ロウさんとは違うタイプのイケメンだ。

 ただ格好を一言で言うならば、吟遊詩人と言うのが一番近い。楽器も持ってないし腰にはレイピアも刺さっているから、本人の名乗った通り剣士なんだろうけどね。

 ひらひらと重なった服が吟遊詩人っぽく感じる理由なんだけど……。頭に羽根バンドを着けているのは、私の偏見だけどちょっとオタクっぽい?


 とまあ、吟遊詩人だか魔法剣士だかという格好の、紳士感溢れる剣士のシェオさんだ。ややこしい。



 頭を下げて動かないシェオさんを見たロウさんが、レモナさんに小声で指示を出す。


(……はあ。とりあえずレモナ、適当にあしらってこい)

(アタシ一人でかよっ!? んな変なヤツに一人で対処しろっつーのは酷くねぇ?)

(仕方ないだろう。あのシェオとかいう男は、レモナ以外興味ないんじゃないか? 俺達が話したところで納得しないだろうしな。そもそも俺達の存在を認識しているかも怪しいぞ)

(うえぇ……?)


 レモナさんが、苦虫を噛み潰したような渋い顔になる。仮にも女神様扱いされてるんですから、その表情はどうかと。それだけシェオさんが嫌なんですね……。


 渋々少しだけ前に出たレモナさんが、シェオさんに向けて話し出す。


「あーシェオ、つったか? アタシはレモナな。んだから女神とか言うなよなー」

「畏まりました。レモナさまですね」

「だから違ぇ……」


 あくまでも彼の中では女神さまであるから『さま』付けは譲れないらしい。レモナさんは遠い目をして諦めムードだ。



 シェオさんが懐から何かを取り出す。敵意が無い事を示す為か、ゆっくりとした動作だ。


「先程のお詫びに、こちらをお納めくださいレモナ様」


 先程というのは指先へのキスの事だと思う。

 懐から出したギルドカードらしきもの。そしてシェオさんは小さく呟き、布に包まれた何かをカードから取り出す。


 思わず受けとるレモナさん。


「そちらはコカトリスの緑羽と言いまして。珍しい緑色のコカトリスから採れた羽根はこのように、新緑の如く鮮やかに光るのです。レモナさまにお似合いになるかと思いまして」


 シェオさんの言葉通り、巻いてあった布をめくると緑に光る綺麗な羽根が出てきた。レモナさんの翡翠の瞳と上手くマッチしていて、これを飾ったら美しさが増すんじゃないかと思う。


 それを無言で、じっと見つめたレモナさんがくるっと振り返り、ロウさんへとそれを差し出す。


「なー、ロウ。なんかもらったけどさ。つか、これいーのか?」

「ダメだ。返してきなさい」

「あーい」


 ロウさんが『おかん』を発揮してピシャリと言う。レモナさんは素直にシェオさんの元に戻り羽根を返す。


「コカトリスの緑羽の気分ではないのですね。それでしたら……」

「や、物の問題じゃねーつーかなー。悪ぃけど、アタシらダンジョンの先に進まなきゃなんねーしさ」


 事実、あまり長い間ここにいる訳にもいかない。レモナさんはそろそろシェオさんから離れる為、先に進む旨を伝えていた。


 キルティさんに抱かれて一連の出来事を見ていた一号さんが、シェオさんに対する感想を言う。


「あのあんちゃん、物で釣って引き留めよう思うやなんて、よっぽど寂しいんか? ねぇちゃんは美人さかいなあ。でもちょいと面倒くさいやっちゃな」


 物で釣って引き留めたのは一号さんも同じですよ?




 そして忘れてはならないが、ここはダンジョンの一部屋。当然魔物もいる。あの変なうめき声を出す花の事だけれど。


 レモナさんに促されて途中から立っていたシェオさん。

 その二人の横のウツボカズラから、真っ赤な花が飛び出してきた。このままだとレモナさんに当たる軌道だ。


「ボエェ――――」

「レモナさまに害をなそうとは。……愚かな花よ、散りなさい」


 スッと目を細めたシェオさん。

 腰に刺したレイピアを素早く抜き、その流れのまま花へと突きだす。



――――すかっ


「って、んでこの近距離でスカんだってのっ!?」


 見事に空振った。レモナさんが思わずツッコムくらいに。

 綺麗に抜き放たれたレイピアは空を突き、花はボエりながらレモナさんへと飛んでいく。


 レモナさんの近くに位置していたロウさんが、一歩進み出てシェオさんが突き漏らした花を斬る。さすがですね、ロウさん。


「……もういいだろう。ここに居れば魔物も飛んでくるからな。シェオといったな、俺達は先に進ませてもらうぞ」


 シェオさんにそう伝え、すぐに離れる為にレモナさんの腕に手を伸ばすロウさん。


 一方、神的空振りを披露したシェオさんは、相変わらず優雅な所作でレイピアを戻していた。その言葉を聞いて初めてロウさんへと目を向け、一瞬驚いた顔をした後、納得したように頷く。


「なるほど。貴方がレモナさまのナイトという訳ですか」

「……何?」


 レモナさんの腕に伸ばしていた手が止まる。


 シェオさんは今までの紳士的な微笑みを消し、ロウさんへと挑戦的な目で宣言する。


「いいでしょう。確かに今は、わたくしよりも貴方の方がレモナ様にふさわしい。それは認めましょう」

「おい、待て。何を勝手に話を……」

「ですが! わたくしは諦めません。レモナさまにふさわしい存在になるまで、レモナさまに選ばれしナイトと成れるまで!」

「だから俺は違っ」

わたくしも修練に励まなくては。ではレモナさま、失礼致します」


 シェオさんはロウさんとの会話を切り、最後はレモナさんに向き直って完璧な礼をした後、くるりと反転し走り出す。


 話を一ミリも聞いてもらえなかったロウさんは、ぷるぷると肩を震わせている。


「どいつもこいつも……」


 夕陽に思い切り叫ぶように、シェオさんの背中に向けロウさんが口を開く。


「人の話を聞け――――!」

「またお逢いしましょう、レモナさまー!」


 はっはっは、と笑いながら去っていくシェオさん。

 途中、ウツボカズラからボエる花が飛んでくるが、レイピアを振ったうえで、スカって花に当たられている。

 吟遊詩人っぽい白いマントに、アップリケのごとくいくつかの赤い花をつけた背中が、遠くへと行き見えなくなった。



 結局キルティさんにラシュエルくん、一号さんに私はシェオさんに認識される事もなく、ただ突っ立っていた。


 シェオさんにとってほとんど中心だったレモナさんが、頭の後ろで手を組み、シェオさんが去っていった方向を見ながら呟く。


「しっかし、シェオは花の攻撃全部受けてたけどさ、へーきなんかねー?」


 花の攻撃力はあんまり無さそうだったから、痛みとかは少なそうだけど。あの腕でソロのハンターというのは、心配になるレベルだ。


 ロウさんは見るからに疲れている。当然だ。

 そんなロウさんに追い打ちをかける言葉を、レモナさんが言う。


「はー、疲れたなー。なんつーかさ。シェオ、また会いそうだよなー」

「やめろ。フラグを立てるな……」


 正直、私も会う気がします。というよりもシェオさんから来そうですし。


 結局レモナさん以上に憔悴しきったロウさんを励ましながら、この部屋から逃げるように近くのポートをくぐった『魂の定義』だった。

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