24話 ダンジョンでドロップ

「ボエェ――――……」


 子供の落書きを実体化させたかのごとく変な花が、またおかしな声を漏らす。

 最初にウツボカズラから飛び出した時以外、攻撃らしいものはしていない。


「なんなんですか、この花。これも魔物なんですかね?」

「たぶん、まもの……かも」


 私が気味悪そうに言うと、ラシュエルくんが返してくれた。

 ロウさんが少し考えた後に話し出す。


「……今のところは特に攻撃してこないな。このまま通り過ぎるのもありなんだが」

「んー、つってもさ。そんだとダンジョンに来た意味なくねー? 最初の部屋はシャボン玉しかねーじゃん。で、あん時は魔物もいねーから通り過ぎたけどなー」

「魔物ならいたぞレモナ。アオイとラシュエルの杖をくっつけるのに使った鳥が飛んでいただろう。あれがあの部屋の魔物だ」

「お、そーいやそーだな。鳥溶けてたかんなー」


 ロウさんとレモナさんの会話に驚く。あの鳥魔物だったんだ。いや、この世界のダンジョンにいるのがただの鳥ってことはないか。粘着力すごかったしね。


「ダンジョン言うのは魔物倒しに来るとこなんやろ? 鳥はんは溶けてもうたさかいなあ。それだとギルドに納品でけへんから困るんやろ。この花倒してみたらええんちゃう?」

「んあー。や、この花もさ、倒したら無くなんじゃね?」


 レモナさんの言葉に、一号さんと共にコテっと首を傾げる。見るとキルティさんも不思議そうにしているから、ダンジョンに行った事ある人しか知らないのかも。


「キルティ、アオイさん、一号は……ダンジョン、はじめて。しらない……かも」

「ラシュエルの言う通りだな。論より証拠だ。あの花を倒してみるから、警戒を解かずに見ていてくれ」


 ロウさんがそう言って花にゆっくり近づく。花は相変わらずボエボエ言ってるだけで攻撃してこない為、普通にロウさんが剣を振った。

 花を真っ二つに斬ったから、そこに二つに別れた花が残るはず。


 が。二つになって少しすると、さらさらさら……と花が細かい粒子になって消えていった。


「うにゃにゃ!? お花消えちゃったよ~。なんでなんで~?」

「んな感じでさ、ダンジョンの魔物は全部消えんだよなー。一応理由があんだよな、あーほら……」


 キルティさんの質問に、指を空でタクトのように振りながら答えに詰まるレモナさん。また忘れちゃったんですね。

 代わって、ロウさんが花を倒した位置のままで答える。


「ダンジョンの魔物は、ダンジョンの魔力そのものだと言われている。だから肉体として存在している訳ではなく、倒しても残らない。まあ有力説の一つ、だがな。ダンジョンには謎が多い」


 ラシュエルくんも、ふわ……とあくびをしつつ、小さく頷いている。さらに補足するように話し出す。


「ん。ダンジョンのまもの、ダンジョンからつれだす……じっけん。すうふんでまもの、きえたきろく……ある」

「んにゃ! それってアオイちゃんや一号ちゃんにダンジョンで会ってたら、一緒に旅出来なかったってことだもんね? にゃう~、良かったよ~」


 キルティさんが心からホッとした様子で言ってくれる。しかし私、ダンジョン生まれだったら実質幽閉状態だったの……?

 と、内心恐怖している私に、追い討ちをかける事実をレモナさんが言う。


「しっかもさ、ダンジョンはいつか消えっかんなー。突然現れて突然消えんじゃん? そう考えっとさ、アオもイチも危なかったよなー」


 ……恐ろしい事実過ぎるんですが。

 ダンジョン生まれはアウト。『魂の定義』の皆さんに会っていなかった場合、野生で生きていけたかは分からない。実は私、超ラッキーぺんぎんなのでは……?


 無言で一人ぷるぷるとしていると、花の位置から戻ってきたロウさんが、ポンっと頭に手を乗せ震えを止める。

 ラシュエルくんの早口(?)言葉を止めた時も同じでしたが、ボタンみたいに頭押せば止まるもんだと思ってませんかロウさん……?


 ふと頭から離れたロウさんの手元を見ると、何やら極小の真っ白な粒を指の間に挟んでいた。米粒よりも小さいので本当に極小だ。


「ロウさん。その手にあるの何ですか?」

「ん、アオイ? ああ、これはさっきの花を倒したら出てきた物、いわゆるドロップ品だな」

「ドロップ、ですか。いかにもダンジョンって感じですね」

「この世界ではドロップとは言わないがな。ドロップするのはダンジョンだけで、魔石しかドロップしない。外では普通に、オークならオークの肉体が残る。だから単に魔石を落とすと言っている」


 ダンジョンでドロップ。しかも倒した魔物は魔石を残して消えてしまう。

 ロウさんがダンジョン出現を聞いた時、あまり見ないワクワクしたような表情でいた理由が分かった気がするよ。


 ロウさん、ゲームとか案外やってましたね……?


「んでこれがさ、ちっさくても高値で売れんだよなー。しかもこれをギルドに売るっつーだけで、依頼と同じ扱いだかんな。旅のハンターってのは、ダンジョン出現はスッゲー嬉しいってことだなー」


 レモナさんの言葉に納得する。だからソネリの村に着いた時、ダンジョン関係の依頼を受けたそぶりが無かったんだね。

 それだけこの世界にとって、魔石が必要だって事なのかな。魔石って何に使うんだろう。今度ダンジョンを出たら聞いてみよう。



 ☆



 特に問題なく花を倒せる事が分かった私達は、この植物園もしくは南国の森のような部屋を、飛んでくる花を倒しながら進んでいった。

 火を吹いてくる、なんて攻撃もしない花は倒しやすそうだった。


 あの花、本当にただボエるだけなんだ……。



「んにゃ~! この蔦、ベトつくよ~。うぅ、燃やしちゃいたいよね~」

「落ち着けキルティ。燃やせば大惨事だぞ」

「も~ロウ。分かってるもんね~!」


 ロウさんも本当にキルティさんが燃やすとは思ってない様子。ぷんぷくするキルティさんを見て笑っている。やっぱりいつもよりロウさんのテンションが高いみたい。


「ダンジョンは全部ベッタベタなん?」

「一号さん。何だかその言い方、微妙ですね……」


 確かに鳥とか蔦とかはそうだけど。それだとダンジョンそのものがベタベタしてそうで、微妙な気持ちになりますよ。


 また飛んできた花を、メリケンサックを着けた拳で殴りながらレモナさんが答える。


「よっと。あー、アタシらが前行ったとこは違ったよなー? ダンジョンごとに、なんつーかテーマがあるみてーだかんな。前は大きい動物型のばっかだったしさ」

「にゃぅ~。レモナ達い~な~! わたしもそっちが良かったよ~」


 キルティさんが『大きな動物型』に反応して不満気な声をあげる。

 それよりも私は、レモナさんがメリケンサック使ってる事に驚きです。いつも着けてたのに蹴りでしたからね。そのメリケンサックに意思があれば、多分喜びで泣いてますよ?



 この部屋にもポートが浮いている。ただ、ここはシャボン玉の部屋と違って縦には広くないから、普通に、立った人が入れる位置にある。


 ある程度花を倒し、魔石を集めた後。弱いだけあってこの花の魔石だとやはり小さい方らしい。そろそろ、どこかのポートを通って次の部屋に行こうという話になった。


 どこのポートにしようかと考え始めた時に、ハッと大きく息を呑む音が背後から聞こえた。


「なんと……なんとお美しい!」


 振り返ると、奇妙な格好の、知らないイケメンがいた。


「ああ、神よ。いえ、貴女は女神さまそのものなのですね」

「……へ?」


 謎のイケメンは、うるうるキラキラと潤んだ瞳でレモナさんを見つめている。

 まあ見た目は女神さまですからね、レモナさん。見た目だけは……。


 恭しくかしづくイケメンさん。レモナさんの手を宝石に触れるかのごとく、優しく下から掬い上げる。勿論メリケンサックはまだ着けてます。


「一目見て確信致しました。わたくしは貴女に出逢う為に生まれてきたのでしょう。お逢い出来て光栄です。女神さま……」


 薄ーくレモナさんの指先に自分の口元を寄せるイケメンさん。つい先程殴り倒した花達の花弁の色、真っ赤な色がまだ付いているメリケンサックは目に映っていないご様子。


 一方、レモナさんは傍目から分かる程、ゾックゥと背筋を震わせていた。黄金の髪が逆立っているようにも見える。

 そんなレモナさんを筆頭に、私達の気持ちは今一つだ。


((また変なのに絡まれた……))


 ロウさん、レモナさん、キルティさんにラシュエルくん。そして私。

 自然と視線が一号さんへと集まる。


「なんや、あんさんら皆して?……そうやなぁ、あんなイケメンよりワテの方がええさかい。皆よう分かっとるんやな!」


 いえ。皆さん、一号さんとの出逢いを思いだしてるんだと思いますよ……?


 『魂の定義』。皆さん、変な人や魔物にばっかりエンカウントしますよね。



 …………あ、私もか。

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