23話 敵と油断

 アオイが飛んでいる。


 ソネリの村のダンジョン。その最初の部屋で。

 通りすがりのハンターから、アオイが今乗っている球体についての情報を得た俺――ロウ・ネイザンは、仲間と共に叫びながら、悲鳴をあげるアオイへと手を伸ばす。


「ぴえぇぇぇぇ!?」


『『アオイ――――!!』』


 ゆっくりとだが徐々に上昇しているアオイ。


 先程得た情報によると、この無数の球体の中で、小さい球体にだけは触れてはいけないらしい。

 それぞれの球体には重力が働いていて、小さければ小さい程重力が強い。だから、俺も触れればアオイと共にその球体にくっついてしまう。

 つまり不用意にジャンプする事もできずに、アオイがどこかへと飛んでいくのを見送るしかない。そうなれば、アオイ救出がいつになるか分からなくなる。



 ……いや、何かあるはずだ。


 今のアオイは強力なマグネットにくっついている状態。

 手で触れるのがダメならば、ロープか、何か長い棒のような物をアオイに渡せばいい。

 それをアオイに持ってもらい引っ張るか?


 だがそれだと懸念も残る。


 身動ぎもしづらそうだというのに、ロープを体に巻き付けることができるのか。投げ縄にするのも微妙なところだ。

 アオイが棒を持つ場合、球体と離れる為にはアオイに球体の重力以上の握力が必要。……難しいな。



――――パタタタっ



「……鳥か。ん?」


 突然視界に現れた、虹色に光る透明の鳥。

 何かが気になり、素早く観察する。


「鳥には……魔石があるのが見える。なら魔物なのか。何故球体に留まれる?」


 先程球体で休んでいるのが見えた。しかもこの重力を持つ球体が、無数に浮く空間を自在に飛んでいる。


 この鳥には球体の重力の影響が少ないのか?


 そして、通りすがりのハンターが言っていた言葉を思い出す。

『ああ、後飛んでる鳥にも触らない方がいいぜ。半端なくベタついてとれやしねぇ。まあ、魔力をそれなりに流せばとれんだが、それはもったいないだろ?』


「鳥、ベタつく。とれない……球体に影響されない」


 浮かんだ言葉を呟いていく。


「試してみるか」


 時間がない。

 今すぐ実行しなければ、ここからアオイにはもう届かなくなる。


「すまん、借りるぞ!」

「え……?」


 パッとラシュエルから杖を奪い、逆さに持つ。錫杖のような長いこの杖なら届くだろう。ずっと両腕で持っていた一号は、逆の腕一本で抱えた。

 ラシュエルが驚いているが、今は止まれない。


 飛んでいる鳥へと杖を勢いよく振り抜く。


――――ブン……ベチャッ


 狙い通りの位置、杖の先端にベッタリと鳥が貼り付いた。


 杖のその勢いを少し落とし、アオイへと鳥の付いた側を向ける。

 杖で刺してしまわないよう調整しながら、アオイに鳥をくっつける。ベタっと潰れた鳥はバタバタと暴れているが、やはり離れそうにはない。


「……ぴぇ?」

「ふぅ。ギリギリ間に合ったな」

「ロ、ロウさん。これ、杖ごとベッタリくっついていて、離れそうにないんですが。まさか……」


 球体の回転に合わせて少し横を向いているアオイが、ぎぎぎ、と油を刺し忘れた機械仕掛けの人形のような動きで振り返る。

 首を動かすのも難しいのだろうか?


 冷や汗を浮かべるアオイに、安心させるように微笑みながら、力強く頷いてみせる。


「アオイ、この杖に出来るだけ体を預けろ。少し辛いだろうが……頑張れ」

「え。それってやっぱり……! い、いびゃぴゃぴゃっ。ひ、引っ張られぴぇぇぇ!?」


 球体が上昇するが、アオイは今杖ともくっついているから球体とは逆に引っ張られる。


 ぐぐぐ……とゆっくりだが確実に球体から離れ、杖で引っ張る俺達側へ動いていくアオイ。


 小さい球体だと、重力は強いが及ぶ範囲は狭いらしい。

 やがてその範囲から抜け出せたのか、ポンっとアオイが飛んできた。

 一号をラシュエルに任せ、受け止める。勿論、まだ杖もくっついているが。


 球体からアオイを引き剥がす事が出来た。成功だ。


「キルティ。この、アオイと杖の間に魔力を流してくれ」

「……んにゃ!? う、うん分かったよ~」


 キルティが魔力を流す。流して少ししたら、ベットリ貼り付いていた鳥が溶け、杖がアオイから離れた。

 ハンターの言っていた通りだ。これで救出後の問題も、無事解決できたな。


「助かった、んですよね。ありがとうございます、ロウさん。キルティさんも」

「はにゃ~。アオイちゃんが無事でよかったよ~」


 アオイもキルティも、ホッとした表情をする。


「はー、焦ったなー。大丈夫だったんか、アオ?」

「アオイさん、ぶじで……あんしん」

「ワテ、めっちゃ振り回された気ぃするけど。ぺんはんが助かったんさかい、良かったわ」


 固まっていたレモナとラシュエルも同じくだ。一号は、俺が持ちかえたりラシュエルに預けたりしたからな。視界が定まらず混乱していたのかもしれない。




「……さて」


 なごやかに一段落、という雰囲気の中。話始めた俺に全員の視線が集まる。


「ここはダンジョンだ。まだ大した魔物がいないとは言え、長話をする所ではない」


 はっと俺の顔を見た皆が、徐々に青ざめてゆく。

 特に指示はしていないが、俺以外の全員がその場に正座した。



「手短に、はなし・・・をしようか……?」



 大丈夫だ、長くはならない。


 まあ、言いたい事は沢山あるんだがな……?





 △  ▽  △  ▽  △  ▽  △




「――……と。安易に許可を出した俺も悪かった。次からは気を付けよう」

『『ごめんなさい……』』


 ロウさんがお説教を締めくくる。


 私――アオイも正座から立ち上がる。

 言葉通り短いお説教だったんだけど、その分怖かった……。

 ロウさん、いつにもなく笑顔なのにその紅い瞳は暗く、つまり全然目が笑ってなかったからね。


 ダンジョン、ふざける、ダメ、絶対。


 身に染みました。



 お説教中は、近くを通った他のハンター達に生温か~い目で見られていた。穴があったら入りたいとは、まさしくこれだね。


 私を引っ張る時に使っていたラシュエルくんの杖は、お説教後にロウさんから返却されていた。

 受け取った杖の地面側の先端、つまりは私がくっついていた部分を無言無表情で、じーっと見つめていた。


 一時は私がぴったり貼り付くくらいに、ベットベトだったそこ。

 えと。すみません、ラシュエルくん……。

 キルティさんが魔力を流してくれたおかげで、今はいつも通りだけどね。私のお腹も。


 私は背が低いから無理だったけど、小さいシャボン玉に乗った人が大きいシャボン玉にいる人と手を繋げれば、普通に助かったのかもしれない。

 もしロウさん達の誰かが私のいるシャボン玉へ渡ってきたとして、上手くいかなければ犠牲が増えるだけだからやらなくて良かったけれど。


 やっぱり、両側から引っ張られるのは痛かったです……。


 まあそれはさておき。

 ダンジョン最初の部屋で一騒動起こした私達『魂の定義』一行は、目指していた水色のグルグルの円、ポートをくぐり次なる部屋へと向かった。



 ☆



「……んだここ。植物園じゃね?」


 レモナさんが首を傾げつつ辺りを見渡す。

 私も見るが、その通り植物園と言いたくなる部屋だ。


 先程までいたシャボン玉の部屋の足元は、無機質な床だった。けどこの部屋には草の生えた地面がある。だから植物園とも言えるし、生えてる植物から南国の森っぽいとも言える。


 花は咲いていないが、大きな袋みたいな植物がそこかしこにある。えーっとウツボカズラ、だったかな?

 袋の上の方が開いていて、いかにも食虫植物ですって見た目だ。


 この世界にもウツボカズラがあるんだろうか。似てるだけで同じ植物とは限らない。

 植物採取の依頼の為に、アニモス周辺の植物を中心に植物はそれなりに覚えたんだけどな。

 ソネリの村が特殊だから? もしかすると、ダンジョン特有のだからかもしれない。


 とりあえずはウツボカズラという事にしておいて。


 皆でそのウツボカズラを観察する。危険な魔物の可能性も高いからね。

 一応なのか、ちらとレモナさんの方をみながらロウさんが言う。


「……触るなよ?」

「うぐ。や、さすがに触んねーって。けどさ、見た感じはただの植物だなー。お、あれだ。虫食うヤツなんじゃね?」

「んにゃ。食べるのが虫だけならいいんだけどね~」

「怖い事言わないでください、キルティさん」


 キルティさんの言葉にぷるる、と震える。魔物なら充分にありえる話だから怖いですよ。



 少し離れて観察していると、ウツボカズラがベッと真っ赤な何かを吐き出す。


 攻撃かは分からないけど、全員戦闘態勢に入る。私と一号さんはラシュエルくんの側に行くことだけれども。


 まあまあ勢いがあって危なかった。でも距離があったこともあり、避けられない程じゃない。キルティさんの近くに飛んでいったそれを、キルティさんと隣のレモナさんが避ける。


 ぺちっと地面に落ちたそれ。


 ただ真っ赤なだけの何かに見えていたけど、止まった今なら何なのかがよく見える。


「……おはな?」


 ラシュエルくんがぽそっと、それの見た目を呟いた。


「お花言うても、子供の落書きみたいな花やで?」


 一号さん、何言ってるんですか? 普通ならそう言うところだけど、一号さんの言った通り、そうとしか表現できない。


 真っ赤な花びらは、その単純なまでの赤さがまるでクレヨンみたいだ。

 真ん中は薄めの黄色。雄しべやら雌しべやらをひっくるめた、ただの正円だ。しかも花のサイズに対して大きめだし。


 そのせいか立体感がまるでない。確かにそこに存在しているから3Dのはずなのに、見た目は2Dそのもの。


「絵だか現実だか分からん花だな……」

「ロウも~? わたしも何かね、こう変な感じするよ~」


 キルティさんは言いながら魔女っ娘帽子を押さえ、目を細めて見ている。私もその感覚がよく分かる。

 視覚情報が混乱してくる。え、まさかこれがこの花の攻撃……?



 気持ち悪い感覚になってきた時、真ん中の薄黄色の円が裂ける。

 四角く、パカッと口のように裂けた。固唾を飲んで見つめる私達。


 その花の『口』から奇妙な音が聴こえてくる。



「ボエェ――――……」


「……」



 ボエーって。花を眺める皆さんが半目になってしまった。多分、私も。


 そして私は今、このダンジョンの趣旨を理解した。


 絶対、油断させてロウさんにお説教させる気としか思えないんですが!?

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