22話 シャボン玉とんだ
「……なにゃっ、すっご~い! ねねっ。シャボン玉みたいで綺麗、綺麗だよ!」
キルティさんが興奮した様子で、ぴょんこぴょんこと跳びはねながら言った。
目の前にはその言葉通り、シャボン玉のような球体が沢山浮いている。
透明かつチラチラと七色にも見えるそれは、ここソネリの村のダンジョン内部にある。
私との出会いは、実はちょっと間抜けな事実があったと判明した後。気を取り直した『魂の定義』一行は、全員でダンジョンへと入っていった。
ダンジョンの入り口は、入るのに結構勇気が必要だ。
だってその入り口というのが、グルグルと渦を巻く虹色の円だったからね。しかも原色に近くてチカチカするし。
村からほんの少しだけ離れた山の中、そこにある少し大きめの山小屋らしき建物。小屋の扉があるべき場所にそのペロペロキャンディーみたいな虹色の円があり、次々にハンター達が飛び込んでいくのだ。
私は大分ビビってたんだけど、経験者であるロウさんとレモナさんが全く怖がらずに普通に入っていくのを見て覚悟を決めた。……同じく経験者であるラシュエルくんに手は繋いでもらったけどね。
そしていかにも異界のゲートっぽいその虹色の円――ラシュエルくん曰く『ポート』と言うらしい――をくぐり、着いた場所がこの大小様々な無数のシャボン玉が浮く部屋だった訳だ。
空間の広さが絶対に釣り合わないのが一目で分かる。
山小屋の外観では当然端から端が見えていたけど、今はこの空間の終わりがどこにあるのか見えない。シャボン玉によって視界が悪いのもあるけど、それを補って余りある程に広いのが分かるのだ。
ちなみにこの部屋にあるのはシャボン玉だけではない。
シャボン玉と同じく、透明であり七色でもある色の鳥。それがシャボン玉の間を飛んでいる。たまにシャボン玉の上で休んでいる鳥も見える。
よく見ると、何故かハンター達は飛んでる鳥を避けるようにしていた。結構危険な魔物なのかもしれない。不用意に触らないようにしよう……。
そしてダンジョンに入っていったハンター達は、そのシャボン玉の上を歩いていた。
「おー! スッゲーじゃん、シャボン玉の上歩けるっつーわけか。あれだ、ファンタジーだなー」
「うにゃ? レモナ達は来たことあるんだよね~?」
両手をあげているキルティさんが、振り返って問いかける。私も同じ気持ちだ。
それに対し、きょとんとするレモナさん。ラシュエルくんが代わって答える。
「ダンジョン、おなじじゃない。それぞれなか、ちがう、から。これははじめて、みた……かも」
ロウさん達がダンジョンを楽しみにしてたのは、このシャボン玉目当てかと思っていたけど違うみたいだ。
つまり綺麗だからって興奮していたというよりは……異世界感、だったのかな? もう、これぞってくらいファンタジーな光景だもんね。他のダンジョンでもそうなのかもしれない。
観察が終わったら、周りのハンター達と同じく私達もシャボン玉に乗ることに。
一番手近にあるものに触れてみるロウさん。
「ほう。触った感覚はゴムボールのようだな。スーパーボールと言った方がより近いか。これなら乗っても割れたりする心配はなさそうだ。それよりこれは……」
言いつつロウさんがトンっ、とシャボン玉に向かって軽く跳ねる。
すると、まるで体が吸い寄せられているかのように浮き上がり、そのままシャボン玉に着地した。しかも床に立っている私達から見て、球体に斜めに立っているロウさんは若干逆さ吊り状態だ。
にも関わらず髪の毛や身につけている服は翻っていない。
レモナさんが少し焦った声で言う。
「うお、ロウ!? それ平気かよ、スゲー落ちそーじゃん」
「ああ。どうやらこの球体には重力があるらしい。近くにくればそれが感じられるはずだ」
「マジ? ふーん、重力ねー……。よっし、アオ。行ってみよーなー」
「ええ!? レモナさん、ちょ」
ひょいっと肩の上に抱えられ、一緒にシャボン玉へと移動する。
途中で体にかかる力の向きが変わった感覚がした。これがロウさんの言う重力だと思う。
緩やかにかかるその重力に従うように、自然な形でロウさんの横へと着地するレモナさん。さすが、運動神経抜群ですね。
ただ。レモナさんの肩にお腹をつける形で乗り、腕で固定され、レモナさんの前方を私のお尻が向いている現状。
これだと私、キルティさん達の方が見れません。しかも何だかこの持ち方、荷物感がスゴいんですが……。
キルティさんとラシュエルくんも続いてここに乗ってきたみたいだ。私は逆向いてるから多分だけど。
シャボン玉に乗る感覚が分かったところで、次に近いシャボン玉に移ってみることになった。
他のハンター達もそうして移動しているからね。今の私の視界は、床ではなく天井の方を向いてるから、この部屋に浮かぶシャボン玉がよく見える。それの内、大きめのシャボン玉にハンター達が次々に移っていくところも。
そして当たり前のように、私を肩に抱えたままジャンプしようとするレモナさん。
「あの、レモナさん。出来れば降ろしていただけると……」
「んあ? でもさアオ、ちっこいから渡ろうとすっとシャボン玉とシャボン玉の間に落ちんじゃねー?」
「……あ、確かにそうですね」
近くまでいかないと重力が働かなかったし、背があまりに低いとそう言うことがある可能性がある。
てことは、この部屋では常時誰かに持ってもらって移動しなければならない訳だ。ぺんぎんボディがポンコツ過ぎる……。
では何故この持ち方なのかと訊いてみると。
「あー、そか。脇に抱えた方がいーんじゃねーかって事かー?」
それ、どっちにしろ荷物の運び方ですレモナさん。いえ運んでもらっている訳だから、間違ってはないっちゃないですが。
このままだと前が見えなくて確実に酔いそうなので、肩担ぎのまま前後だけ変えた姿勢にしてもらった。
ちなみに同じくちっこい一号さんは、ここに乗る時はキルティさんが持ってたけど、今後移動する時はロウさんが持つ事になったようだ。『魂の定義』だと、ロウさんとレモナさんが断トツで背が高いからね。
☆
ぴょんびょんクルクルと、シャボン玉からシャボン玉へと跳び回る。
一応最初にいた床を下にするように向きを調整しながら移動しているけど、跳び回っている間にどっちが上で下なのか分からなくなってくる。
そして縦にも横にもかなり広いこの部屋。目的地はそのハンターパーティーによって違う。
ダンジョンに入る際にくぐった、グルグルと渦巻く虹色の円、ポート。それの単色バージョンのポートがいくつか浮いているのだ。そしてそれをくぐると、次の部屋に進む事が出来るとのこと。
RPGで言うなら、階段的役割だね!
「こういう、のは……うえのポートをくぐると、つよいまものいる。だから、ぼくたち……したのほうのポート、いく」
ラシュエルくんが、比較的下の方にある水色のポートを指差しながら言う。うん、下……だと思う。地面は確認できるから、落ち着いて見回せばまだ現在地は分かるし。
『魂の定義』は、もうすぐDランクになれそうなEランクパーティーだ。ならあまり強い魔物がでるところではなく、安全そうな部屋へ行くのも頷ける。
「もう少しであの水色のポートに辿り着けそうだな。この球体のサイズがバラバラなせいで、いまいち距離感が掴みにくいが」
ふぅ、と息を吐きつつ言ったロウさん。
私達は今、かなり大きなシャボン玉の上に立っている。
すると、逆にかなり小さなシャボン玉が近づいてきた。今までは、ここまで小さなシャボン玉は見なかった。そもそも小さいと乗れないから無視してきたのもあるけど。
気付いたレモナさんが面白いことを思い付いたような声で喋る。
「なーなー。これ、結構ちっさいよな。アオ乗せたらさこう、ぺんぎん世界征服、ってな感じになりそーじゃねー?」
「何言ってるんだレモナ。ほら、早くいくぞ」
「アオイさん、世界征服、みてみたい……かも」
「ラシュエルまでか……」
レモナさんの提案に意外にも食い付いたラシュエルくん。ロウさんは早く先に行きたそうだけど、ラシュエルくんが乗り気な事でどうするか迷ってるみたいだ。
「私はロウさんが良ければ触ってみたいです」
「ああ、アオイはどの球体にも乗っていなかったからな。とはいえ、遊んでる場合ではないんだが」
「うにゃ~。ね~ね~ロウ。アオイちゃんがちっちゃいシャボン玉に乗ったら、絶対かわいいよ~? 世界に君臨するアオイちゃん……ぬへへぇ」
「はあ、分かった。一回だけだからな」
「は~い、ありがと~ロウ!」
顔をでれーっとさせるキルティさんを見て、折れたロウさん。
あの、ロウさん?
それだと完全に、遊びたがりの子供達を引率するお父さんのセリフでは……。
許可を得たキルティさんが、早く早くとレモナさんをせつく。いつの間にか、提案者以上に楽しんでいるキルティさん。
ゆーっくりとだが、徐々に離れていく小さなシャボン玉に、レモナさんが急いで私を乗せる。
乗せられる瞬間、強い力でシャボン玉に引っ張られ、お尻から着地してしまった。ロウさんが言ってた通り、触り心地はスーパーボールっぽいかな。
「お、いーかんじじゃん。あー、写真とりてーよなー」
「本当だよレモナ~。アオイちゃんならペンスタ映えばっちりなのにね。その代わり、この目にしっかり焼き付けておかなきゃだよ!」
「ん。アオイさん、いい……」
レモナさんとキルティさん、ラシュエルくんも。私はただシャボン玉に座ってるだけだけど、喜んでもらえて嬉しいね。ぺんぎん冥利に尽きるってやつだ。
「なんや。ぺんぎんもええけどな、イタチだって負けてへんで!」
「イタチ一号。せめてお前だけでも真面目にやってくれ」
ロウさんが一号さんを持ち、こちらから少し離れた所で呆れたように見ている。遠足状態ですもんね、すみません……。
そうこうしている内に、乗っている小さなシャボン玉が、皆のいる大きなシャボン玉からそれなりに離れてきた。
あまり長く乗っていると戻れなくなる。
「そろそろ戻りますね」
「ま、そーだな。んじゃ、受け止めっから飛び降りていーぞー」
「はい、お願いしますレモナさん。……あれ?」
すぐさまレモナさん達へと跳ぼうとする。だけど全然体が動かない。
ぐぐぐ……と力を込めるが立つことすらかなわない。
「アオイちゃん? 早くおいでよ~」
「あ、の。これ、体動かない、です……!」
な、何で!? もしかして私がぺんぎんだから?
シャボン玉に直接触ったのはこれが初めてだ。ぺんぎんというよりは私が魔物だからなのかな。
はっ! もしかしてこのシャボン玉が魔物で、魔物が近づいてきたら捕らえて食べるのかもしれない……!
焦ってぐるぐると考える。私の異常に気付いたロウさんも、一号さんと一緒に近づいてくる。
すると、たまたま近くを通った他のハンターパーティーの一人が、あちゃーという顔をした後で話し掛けてきた。
「ありゃま、あんたらやっちまったなあ。この玉は大きいのと小さいので、引っ張られる強さが違うんだよ」
「……詳しく教えてくれ」
眉を寄せ真剣な顔で、ロウさんがそのハンターに問い返す。
「そのまんまの意味だぜ? 大きい方は引っ張る力が丁度良いから人が乗り移れる。小さいのは強すぎて離れなくなるんだよ。ああ、後飛んでる鳥にも触らない方がいいぜ。半端なくベタついてとれやしねぇ。まあ、魔力をそれなりに流せばとれんだが、それはもったいないだろ?
オレらみたいに地元のもんは、直ぐにこのダンジョンに来たからな。そういう情報が入ってんだよ」
腕を組みうんうんと頷くハンターさんが続ける。
「だから小さい玉には近付かないのさ。ま、運が悪かったな。小さいのはたまーにどっかの玉に吸収される事があるから、そん時に解放されるだろ。悪いがオレらは先行くぜ、頑張んな」
「じょ、情報感謝する……」
話の途中から顔が引きつっていったロウさんが、何とか礼を述べ私のいるシャボン玉を見る。
乗せられた時には既にキルティさんの顔くらいだった。今は徐々に上昇しているからレモナさんより高い。
先程からレモナさんが必死に手を伸ばしてくれているが、届かないようだ。
え、嘘でしょ?
自力で飛び降りる事が出来ない。手を伸ばしてもらっても届かない。
レモナさん達がこちらに移るのは絶対ダメ。だって私みたいにくっついてしまうから。
――――詰んだ
「ぴえぇぇぇぇ!?」
『『アオイ――――!!』』
このまま屋根よりも高く……。上は天井だけれど。
ぴえぇ。鯉のぼりならぬ、ぺんぎんのぼりにはなりたくないですー!?
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