17話 聞くも涙語るも涙の

「キ、キルティさん。モフモフなら私が代わりに、もみゅもみゅされますから。だから勝手に勝負受けちゃダメですよ?」


 赤いイタチ型の魔物をモフる事を、報酬に追加する条件で。キルティさんが勝負を引き受けてしまった。

 私は何とかキルティさんの気を引こうとそう提案してみるけど……。


「ホント、アオイちゃん!? ならいいかな~♪」

「なんやて! 嬢ちゃん、そない殺生なあ」


 あっさり寝返った。いや、キルティさんは元々こっち側だから寝返り直った? つまりまあ元に戻ったわけだ。私の犠牲を除いて……。


「ぐぬぬぅ。せやったら、こっちにも考えがあるで!」

「てか、必死だなー。ま、アタシとしては別にどっちでもいーけどなー」


 レモナさんが頭の後ろで手を組みながら言う。完全に他人事ひとごとだと思ってませんか、レモナさん。



「そう、そこのねぇちゃん転生者なんやろ?」

「んぇ? アタシ!?」

「……何?」


 レモナさんを指差しながらのイタチさんの言葉に、面倒そうな顔になってきていたロウさんも、表情を硬くする。

 どことなく張り詰めた空気が漂う。


「ほれ、そこのぼんちゃんが言うとったやんか」

「ぼく? あ……」

「転生者言うんは、隠したいんちゃうんか? 街で言い触らしてまうかもしれへんで?」


 ラシュエルくんがそんな事言っていたっけ。少し前の記憶を辿ってみる。

 そういえば、レモナさんがオークが苦手だとの話をしていた時、ラシュエルくんが『転生したから』って言ってた気がする。

 その時の事だとしたら、ずっと近くにいたってことだよね?


「……ごめん、なさい」


 ラシュエルくんが、しゅんとしながら、情報を与えてしまったことを謝る。


「うにゃにゃ、ラシュくんは悪くないよ~!」

「そうですよねキルティさん。それより……」

「今夜はイタチ鍋、だな」


 ロウさんと共に冷ややかな視線をイタチさんに向ける。ラシュエルくんを悲しませ、レモナさんの転生のことを言うと脅すなんて。同じ魔物として言うけど、魔物の風上にも置けないね!……魔物的には、普通のことかもしれないけど。


 ヒンヤリ視線を受けたイタチさん。あたふたと弁解をする。


「わー冗談や、冗談! ワテが悪かったさかい、そないな目やめてぇな!」

「……はあ。分かった。お前が何故喋れるのか、それについて説明をするというのなら、勝負も考えよう」


 ロウさんが折れた。

 いっそ勝負してしまった方が諦めてくれると考えたのか、もう面倒なのか……どっちもかな。

 それにしても。ロウさんがため息をつくシーンを、出会ってから何度か見てる気がする。苦労屋なんですね……。皆さんかなりフリーダムですし。


「おおっ、あんちゃんホンマか。あんさんらの仲間のぺんぎんも喋っとるようやけど? まあ、それはええか。

 よっしゃ。聞くも涙語るも涙のワテの話、よう聞きーや!」

「つーか、調子いーヤツだなー」

「お前とあんまり変わらないぞ、レモナ……」


 イタチさんの過去話が始まるようだ。確かに仮に転生者だったとしても、私にもある契約紋も無しに、何故喋れるのかは気になる。



「ワテはな。名前は伏せとくやけどな、元は貴族のペットやったんや」

「それ、脱走したってことかな~? なら持ち主に返さないとだよね。この辺りかな~?」

「話、すっ飛ばすなや嬢ちゃん! この辺りちゃう。もう大分遠い場所のはずやで」


 アニモスの街とは遠い場所で、飼いイタチをしていたらしい。それならば帰り道は分からないだろうし、飼い主に返すのも難しいかも。脱走を否定しないあたり、本当の事らしい。


 ロウさんが話の続きを促す。


「それで? ペットだからといって喋れる訳ではないだろう」

「せや。ペットの時は、話せはせんけど、人間の言う事が分かるくらいやったからな。逃げた後、色んな人間の街やら村やらを見てたんや。そしたら段々と喋るコツとかも分かるようになってなあ。

 言葉は飼い主の、貴族のぼんちゃんの言葉がおもろかったのを思い出してな。それ使うてんねん」


 貴族のお坊っちゃんが関西弁を喋るんだろうか。

 そもそもこの世界に関西弁があったことが驚きだ。


 ふーん、と言いつつレモナさんが問いかける。


「んじゃ、契約紋はまだあんじゃねーの?」

「そないなもん、逃げた最初の一年で消えたわ。契約しとるだけで、契約主から小さい魔力もらっとるんや。距離が離れたから消えたんちゃう? これでも脱走歴五年やで!」

「あにゃ。そういえば契約紋についてね、そんなこと聞いた気がするよ~」


 それって私も離れすぎたら、一年で契約消えちゃうって事じゃないですか、キルティさん……。



 イタチさんの話に、一応納得したらしいロウさんが言う。


「なるほどな。しかし、よく貴族から逃げだせたな」

「はんっ! 捕まる前に、屁ぇこいてやったわ」


 ずさっ、と一斉に距離をとる。

 え、何。イタチさん、攻撃手段おならなの?


「ちょ、逃げんなや! せぇへんから、全く。で、どうやあんちゃん。勝負受けてくれるん?」

「勝負の内容にもよるが……。いいだろう、約束通り説明は聞いたしな」


 どのあたりが、聞くも涙語るも涙だったのかは分からなかったけどね。ちゃんと喋れる理由は聞いたし、何となく、あのイタチさんが嘘を吐いているとは思えない。皆も異論はないようだ。



「よしゃ。ならせっかくのご縁や。名前聞いてもええか?」

「俺はロウだ」

「アタシはレモナなー」

「キルティだよ、よろしくね~!」

「……ラシュエル」

「私はアオイです」


 それぞれが名乗る。イタチさんはふむふむ、と腕を組んで聞いている。

 私達の紹介が終わったところで、キルティさんが訊く。


「イタチちゃんは何て名前なのかな~?」

「ワテは……昔の名前やさかい。あんさんらが好きなの付けてくれへん?」


 五年は呼ばれてなかったんだもんね。新しい名前をご所望とのこと。


「また名前を考えるのか……。イタチ一号でいいだろう」

「ねえ、ロウは『号』から離れられないのかな?」

「あんちゃん、スゴいネーミングセンスしとんなあ……」


 いつもふわふわ笑ってるキルティさんが、真顔で聞き返していた。

 ロウさん、もしかして素でネーミングセンス無いんですか?


「そうか? 初めてイタチ型の魔物に会ったのと、『イタチ』とをカケたのが分かったのか。まあ、気に入ったのなら良かったな」


 褒めてないと思います。



「んじゃ、アタシはイチって呼ぶなー」

「一号ちゃんだね~!」

「……一号」


 レモナさん、キルティさん、ラシュエルくんも『イタチ一号』から取ったところを呼ぶようだ。そのままだと長いし、私も一号さんと呼ぼう。



「これで、名前の不便はなくなったさかい。安心して勝負できるやろ」

「なに、する……?」


 ラシュエルくんが不安そうに聞く。無理難題ではないと思いたいけど。


「それはなあ……早口言葉対決や!」

「はい?」


 思わず声が出る。

 ま、まあ。勝負って言っても、変なことだったら断っちゃうし、そう考えるとレパートリーはあんまり無いかも。

 でも自信満々に勝負仕掛けてくるから、駆けっこであの旗に先に着いた方が……とかかと思っていた。


 戦闘能力とかはあまり無いのかな?



 何はともあれ、そのくらいなら問題ない。全員勝負を受けることを決める。


 早口言葉対決、『魂の定義』VS イタチ一号

 賭けるのは、ハート型のククロの花。


 どうでも良さそうだけど、私達にとっては依頼達成速度を賭けた、やっぱりそこまでは重要ではない対決が始まった。

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