16話 赤との遭遇

 オーク五体を無事討伐した後。少し離れて見守っていた、私とラシュエルくんが皆の近くへと歩いていく。


 圧勝だった。

 皆さん結構強かったんですね。私もいつかこうなれるんだろうか……。

 先ほどの戦いで気になったことを訊ねてみる。


「もしかして、レモナさんはオークが苦手なんですか?」


 さっき明らかに、倒れてくるオークを見て顔が引きつってたもんね。

 オークは大きいし、あんなに近くだったら怖いだろうけど。意外とコミカルな顔をしているから、そんなに怖くはないかと思っていた。


「や、なー。何つーかこう、オーク見てっと『敵!』って感じがすんだよなー。身体が拒否ってるっつーか」


 意識的に嫌いというよりは、無意識な部分で嫌っているという事? んー、でもそれって……。


 私と同じ事を思い付いたらしいロウさんが言う。


「それ、女の身体だからではないのか?」

「オークって言えば女の敵ですもんね」


 私も相づちを打つ。やっぱりそう思うよね。


「転生、してそのからだになった……から。からだにひっぱられてる……かも?」


 そしてラシュエルくんの説明に、レモナさんのそれが私にも当てはまることに気づく。


 前世では動物とかそれなりに好きだったけど、今はそうでもない。おそらく自分が既に動物だからだと思う。

 逆に、前よりも子供が好きになった感じがする。ミュンちゃんとか可愛いしね!



 キルティさん程ではないけど、ミュンちゃん可愛いなと思っている間に、ロウさんが何やらオークに近づく。


「鮮度が落ちる前にオークは仕舞っておくか」


 そう言いつつ、ロウさんがポケットから緑色のカードを取り出す。

 それを手近にあるオークにかざし、「オーク」とロウさんが呟く。すると、ぽわっとそのカードとオークが緑に光った。


 ……と、思ったら次の瞬間には光ったオークが消えていた。


「ぴえ! い、今のどうやったんですか? 魔法、でしょうか」

「にゃふ~! 今のはね~。大マジシャン、キルティによるマジックなのだよ!」

「ソソソ、ソウダッタノカー!?……って、何かやったのは、ロウさんだったじゃないですか」


 カタコトになってしまった。ノリツッコミって難しい。


「はは……まあ、そうだがな。正確には俺ではなくこのカードだ。これはギルドカード。その名の通り、ギルド関係で使うカードだが、時空魔法が付与されている」

「ものしまったり、できる。じかんも、おそくできる。オークも……くさらない」


 ロウさんとラシュエルくんが正解を教えてくれた。

 ギルドカードのスゴさに驚く私に、ついでといった感じでレモナさんが付け加える。


「んで、緑色なのはEランクなー。ランクが上がっとさ、色も変わるっつーわけ。なにより、収納容量増えんのがいーんだよなー」


 うーん、やっぱりものすごい便利道具だ。


 これ、地球で使ったら本当に誰でも大マジシャンに成れちゃうんじゃないかな? まあ私が使ってもテンパりそうで、上手くいかない気がするけどね。



 その後は、ささっと残りの四体もギルドカードへと仕舞う。


「ロウさん。これでオークの依頼は終了ですか?」

「ああ。五体いれば十分だ。……多少潰れてしまっていてもな」


 えと、多少で済んだようで良かったです。


「そっちはいいんだけどね~。問題はね……」

「はい。大分、散ってしまいましたね」


 キルティさんと辺りを見渡してみる。先程まで綺麗に咲いていた花達が、主に潰され、散ってしまっていた。


 勿論全てではないし、根は大丈夫だろうから、またすぐに元気になると思う。ただ、見つけたハート型のは間違いなく潰れてしまった。

 もう一度探すとなると……。見つけても、花びらが欠けていたりしそうだ。



「んだよなー。さすがに別んとこ行くっきゃねーんじゃね?……んお。なあ、ある! あるってーの、あそこ!」

「レモナ?……あ。ホントだね、あったよ~」


 何と、レモナさんが見つけてくれたみたいだ。身をのりだし、その白くて綺麗な指で私の後ろを示している。


 さっきの不幸を取り戻す勢いで見つかったのは、本当に良かったよ。

 キルティさんに続き、私もその花を見ようと振り返る。



「そこでヒョイっとな」


『『……え?』』



 振り返った先で見たものは。


 赤い動物型の魔物が、足元から黄色い花を摘み、手に持っているところだった。

 よく見ると、その花びらはハート型であることが分かる。しかも、不自然に欠けていたりしない綺麗な花だ。


 多分あれが、レモナさんが今しがた発見した花だ。



「あんさんら、この花が欲しいんやろ? ならワテと勝負しよーや」


『『はあ――――っ!?』』



 何故か、その魔物がハート型の花を賭けた勝負を仕掛けてきた。



「こいつッ……!」


 ロウさんが悔しげに声を漏らす。


 目の前の魔物は、全身赤い。赤オレンジと言った色だろうか。お腹周りだけクリーム色で、細長い胴体をしている。そのわりに極端に短い手足は、親近感を感じるところ。

 鼻周りが黒く、尻尾が長めのそのフォルムを観察する。


 あ、分かった! 私はぺんぎん。この魔物は……。


 そこで他の皆も、『ある動物』型の魔物であることに気づいたらしい。ロウさん、レモナさん、キルティさん、ラシュエルくんの順にその種族名を呼ぶ。


「ミーアキャットか……」

「んお、レッサーパンダじゃん」

「うにゃ~。ハクビシンだよ~!」

「……オコジョ」


 バラバラだ。

 ほら、あの赤い魔物、俯いてプルプルしてるじゃないですか。

 色は異世界だからか違いますけど、あれですよね。確か……。



「フェレットですか?」


「イタチやあぁぁぁ!!」



 違った。イタチだったらしい。


 むっはー! 天を仰ぎ、怒っているイタチさん。

 んんー、でも難しいですって。色も違うから、フォルムが似てる動物って沢山いますし。ミーアキャットやレッサーパンダはかなり違う気もしますけど。



 ロウさんがその魔物を気にしつつも、ラシュエルくんとひそひそ話をしている。


(あの魔物、見たことがあるか?)

(んん。しらない、まもの)

(そうか。話せるのは転生者だからなのか……)

(アオイさん、は従魔契約、するまで……はなせなかった。でもあのオコ……ちがう。イタチは、契約紋、ない)

(話せる理由も不明という事だな。下手に関わるのは危険、だろうな)


 私含め他の人も、どう対処して良いか迷っている。


 その間に何とか怒りから落ち着いたらしい、自称イタチさんがドヤ顔で話し掛けてくる。こちらからは、ロウさんがイタチさんの相手をしてくれるようだ。


「で。どないするんや? 勝負せーへんの?」

「確かに、その花をもう一度探すのは面倒だ」

「せやろ、せやろ。んなら……」

「だが、他にもククロの花の群生地ならある。訳の分からない魔物と勝負するメリットも大してない。俺達には危険を犯す必要がないからな、失礼する」


 ラシュエルくんと話していて結論が出たみたいだ。ロウさんが話を打ち切り、その場を離れようとする。


 個人的には気になるけどね。

 勝負を仕掛けてくるなんて、何されるか分からないし。私の時と対応が違うのは、そういうところだろうか? 良かった、とりあえず土下座しといて……。


「ちょちょちょ、ちょい待ちっ! 男なら危険な賭けくらい、やってなんぼやん? なー、あんちゃん。待ってーなあ」


 きびすを返したロウさんに追いすがるように近づいてくる。

 そのイタチさんの前に、キルティさんが進み出る。ふわっと魔女っ娘帽子と、桃色の髪が風に吹かれている。


「あのね~、イタチちゃん? わたし達はね、さっきのオークの納品もしなくちゃいけないからあんまり暇じゃないんだよ~?」

「そ、それは。そうなんやろーけどなぁ」


 どうやらキルティさんが説得してくれるみたい。このままククロの花が咲く別の場所とか、街にまでついてこられたら困るもんね。

 ロウさんも立ち止まり、思わぬキルティさんの行動に目を見開いて驚いていた。皆さんもキルティさんに説得を任せるように、黙って聞いている。


「うんうん、それにね~。私達ハンターだからいつも危険な事だってあるけどね、だからってその花だけが理由で危険は犯せないんだよ~?」

「せやけど。……いや、あんさんらの気持ちも、よー分かるわ」


 キルティさんが諭すように、ゆっくり優しく説得している。

 イタチさんも諦めてくれる雰囲気。皆も優しげな表情で、キルティさんの意外な説得術に見直した、といった様子だ。


 その優しげな表情のままキルティさんが続ける。


「だからね~? 危険に対してね、報酬が足りないんじゃないかと思うんだよ」

「……キルティ?」


 雲行きが怪しくなってきた話し合いに、ロウさんが恐る恐る名を呼ぶ。


 そして、キラーンッと大きな目を光らせたキルティさん。

 何故か歌舞伎役者のように手の平を前にだし、堂々たる姿勢で告げる。


「報酬にモフモフの許可を要求するよ!」

「……ええで?」

「乗ったあ!」


「キルティ―――――っ!!」



 辺りに、痛々しげに頭を押さえたロウさんの叫びが響き渡る。


 散った花びらが風に舞う。

 キラキラと、太陽と共に黄色に輝く花達が、私達を包み無駄に綺麗だった。

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