11話 ぺんぎんin宿屋

「メネさん、すごく謝ってくれましたね」


 その時の光景を思い出しながら私――アオイが呟く。


 ふれあいショー終了間近。脱走ぺんぎんを連れた『魂の定義』の皆さんが、ショー会場である広場に帰ってきた。それにより、ペットショップの魔物だと思われていた誤解は解けたけど。せっかくだからとショーには最後までいることにしたのだ。


 合唱祭となった後、何だか子供達にモテモテだったしなあ。終始歌ってとせがまれ、地球産の童謡を片っ端から歌っていた。


 ペットショップの店員らしき人達とは違う制服を着た二人、メネさんとスフゴローさんはハンターギルドの人だったらしい。

 完全に相手側の落度だった為、それはもう土下座しかねない勢いで謝罪された。

 ただ、メネさんとの完璧な主従関係があったから、あんまり謝れると逆に困惑してしまったけど。まあ、あの関係は案外心地よかったと密かに思ってる。

 キルティさんには内緒だけどね。



 今はそのショーからの帰り道だ。


「ん~でもね、狼さんには悪いことしちゃったよね~。結局まろ眉の女の人にバレちゃったもん」

「あー。ま、あれは自業自得じゃねー?」


 キルティさんの言葉に、前を歩くレモナさんが振り返りつつ答える。レモナさんの黄金のポニーテールが夕陽に照らされ、とても眩しい。


 ぺんぎん脱走事件はどうやら極秘任務であったみたい。メネさんにバレないようにと、スフゴローさんがロウさん達に頼んだんだとか。

 だけどバレてしまい、去り際に見たのはにーっこり笑顔のメネさんと、分身の術のごとく、幻影が見えるくらい高速振動するスフゴローさんだった。どうかご無事で……。



「……はふ。もうぺんぎん、にげない?」


 小さくあくびをしてから、ラシュエルくんが訊ねる。あれ、何でこっちを見てるのかな?

 わ、私は迷子であって逃げた訳ではないです!胸を張って言えることじゃないですね、はい。


「そだね~。狼さんが持った時暴れた理由も分かったし、だいじょぶだと思うよ~?」


 キルティさんが代わりに答えてくれる。確かに、ぺんぎんが捕まった後、ペットショップの人が理由を言っていた。


「ペットとして品種改良されている種には珍しい、人嫌いだそうだな。ただ、スフゴローと呼ばれていた彼や俺から逃げて、レモナには自分からくっつき、キルティには大人しく抱かれていたのは……」

「んて、つまりただの女好きっーつー事かよ」


 ロウさんの考察に、レモナさんがげんなりと言った様子で呟いている。


 随分個性的なぺんぎんだったようだ。

 ただ、今後また暴れる心配はあまりないらしい。ロウさん曰く、逆に女性恐怖症にならないかが不安だとか。

 私がショーにでてる間にあのぺんぎんは何を経験したんだろう。


 ふと思いついたようで、桃色の瞳を面白そうに輝かせ、キルティさんがこちらを覗きこみながら言う。


「もしかして、アオイちゃんと同じ転生者だったりね~?」

「え!?」

「ちがう、とおもう。こころがひと、なら従魔契約したらしゃべれる、はず……かも」


 ラシュエルくんが、ふるふるとゆっくり首を振りつつ教えてくれる。


 びっくりした。ぺんぎん転生仲間かと思ってちょっと期待したのにな。



 一応謎だったものが解けたところで。実はずっと続いているキルティさんの行動について訊いてみる。


「今さらですが。キルティさん、何で私抱っこされてるんでしょうか?」


 そう。ショーが終わり解放された途端、キルティさんに抱っこされ、今までずっとその状態で歩いている。……私は一歩も歩いてないんだけど。


「え~だってね。またアオイちゃんが誘拐されたら、禁断症状が出ちゃうもん!」

「禁断症状? 迷子にならないようになのは分かりましたが、時折もみゅっとされるのは関係あるんですか?」

「悪いが好きなようにさせてやってくれ。キルティの"かわいい好き"は少しずつ発散させるのが、一番被害が少ないからな」


 可愛いのが好きなのは中毒か何かかな?

 禁断症状ってキルティさんの、という意味だったんですね。


 この会話中も、もみゅっとされる。

 ロウさんがそう言うならいいですが。若干くすぐったいかな。



 もみゅられるのは気にしない事にして。また別の質問を投げ掛ける。


「今はどこに向かってるんですか、ロウさん」

「宿屋だ。今日は、精神的に疲れたからな」

「すみません、仲間になった初日に」


 本当に申し訳ない。あのまま野生ぺんぎんで生き残れる気がしないから、ロウさん達は命の恩人と言っても差しつかえないのに、初っぱなからやらかしてしまった。


「っ! 違う、アオイのことではないぞ。そう、別の。別のことでな……」


 ロウさんの目が虚ろになってゆく。確かに大分疲れた顔をしている。


「なはは。ま、あんま触れねーでやってくれなー」


 苦笑しながらレモナさんがフォローする。一体何があったんだろう。……怖いから聞かないことにしよう。



 ☆



 そんなこんなで大変だった異世界転生初日。


 まだ夕方だけど、後は宿屋で休むだけだ。子供の無邪気な絡みと言う名の、引っ張りあいに掴み合いの洗礼にもあったしね。私もくたくただ。


 どこか暖かさを感じるそう大きくない宿屋。ただ、扉は大きめだ。おそらく、スフゴローさんのような大柄の獣人も入れるようにするためであろうその扉を、ロウさんが開ける。


「あら、お帰りなさい皆さん。先程はどうもありがとうございました」

「んぅ~ねみゅい。あ、おかえりなしゃーい。……はわー! ぺんぎんしゃん!」

「えぇ! ミュンちゃん!?」


 ……どうやら、私の安息はまだまだ先のようだ。


 今日のふれあいショーに来ていた、ぺんぎんの着ぐるみを着た女の子ミュンちゃんと、その母親はこの宿屋の人だったらしい。

 着ぐるみのてっぺんから飛び出たオレンジ色の髪は、お母さんゆずりなのだと思う。近くで見ると二人はそっくりだった。



 ミュンちゃんも一緒に、食堂まで、ててててと進む。

 皆で同じ食堂のテーブルにつく。


「ぺんぎんっしゃん♪ ぺんぎんっしゃんっしゃ~ん♪」


 すっかり歌がお気に召した様子。私がモチーフらしきオリジナルソングを歌ってご機嫌なミュンちゃん。

 さっきはショーで疲れたのか眠そうにしていたけど、今は私を後ろから抱きしめて元気に椅子に座っている。


 ミュンちゃんのお母さん、つまりはこの宿屋の奥さんだね。隣に立ち、少し申し訳なさそうに話かけてくる。


「ごめんなさいね。ミュンったらアオイさんが大好きになってしまったみたいで。ご迷惑だったら言ってくださいね」

「あ、いえ。私も子供は好きなので」

「ふふ、それは良かったわ。それにしてもあなたすごいわねぇ。ペットではなくて従魔だとしても、こんなにはっきり喋れる魔物は少ないのよ?

 少なくともランタンペングイーノでは、今まで宿屋をやっていて見たことないわ。老舗ではないけど、七年はやってるのよ、ここ」


 七年……。そんなに珍しいのか、私。でもそれも仕方ないのかもしれない。この世界の普通はまだ分からないけど、魔物に転生する人が沢山いるとは思えない。


「そうなんですね。ただ、私は普通の魔物じゃなくて転生……」

「天性的に知能が高いぺんぎんなんだ。なあ、レモナ」

「んあ? そ、そーそー。て、てんせーてきに知能がたけーんだって、なー」


 転生者だから喋れる事を説明しようとした私の言葉に、ロウさんが被せて説明する。話を振られたレモナさんも、合わせるように頷いている。


「ぺんぎんしゃん、しゅごーい!」


 ミュンちゃんは可愛らしく褒めてくれる。それにしても、いいんだろうか。せっかくショーでは喋らないようにしていたけど、再会に驚いて喋ってしまった。

 まあミュンちゃんは、そっちの方が嬉しそうだからいいかな。


「あら、やっぱり珍しかったのね。ではそろそろ、皆さんから頂いた食材の料理ができる頃だから持ってきますね」

「ラシュくんが、市場の人達からもらって食べてたやつだね~」


 奥さんの言葉に、キルティさんが補足する。

 それを聞いたロウさんは、少し困ったような表情だ。


「あれで残りだと言うのだから驚きだな。残りでさえ普通の量以上あるのではないか? 市場の人に申し訳ないな……」

「質も良い物が多かったですから、心からあげたくて、あげたんだと思いますよ。天使様に食べて頂けた店は良いことがあるってもっぱらの噂ですから」

「……ん。おいしいの、だった」


 ラシュエルくんが、思い出したのか少し笑顔になってこくっと頷く。

 お昼に沢山食べてたのを見て驚いたけど、ぺんぎん捜索中にも食べてたとは。あれ、ラシュエルくん一日中食べてない? 夜ご飯はそんなに食べない、よね。



 宿屋の奥さんが厨房の方へと下がっていく。それを確認してから、気になっていたことを質問する。


「どうして、転生者って伝えなかったんですか? もしかして転生者は迫害されてたり……?」


 先程、ロウさんは明らかに『転生者』の言葉を避けるように、私の言葉に被せていた。何か理由があるんだと思ったんだけれど。ヤバイ理由じゃないよね。

 あ。私の後ろにはミュンちゃんが抱きついてるけど平気だよね? 転生者うんぬんが分かる年じゃないと思うし。


「ううん、そういう訳じゃないけどね~。その事は秘密にしてるんだよ。一応だけどね~?」

「キルティの言う通りだ。現代はそうでもないんだがな。昔は貴重な知識が重宝され、貴族や王族に囲われるケースも多かったと聞いている。この世界はその知識を含めて独自に発展したからな、今では大した情報を転生者が持っていることが少ないんだが……。

 とは言え、その万が一に賭けている連中に追われたり、絡まれるのは面倒だ。だから俺達は念のために隠している」


 ロウさんの説明に納得する。


 な、なるほど。つまりバレても問題はない可能性が高いけどもしかしたら、ちょっと珍しくて使える・・・かもしれないからって追われる事があると。

 まあ、絶対バレてはいけないじゃなくて良かったかな。それって結構プレッシャーだもんね。



 転生者については納得したと思ったけど、それによって今度は別の謎が出てきた。


「あれ? 確か皆さんのパーティー名って」

「……『魂の定義』」


 ラシュエルくんが答えてくれる。そうだったよね。何だかすごく転生者感がするんですがいいんですか?


 ロウさんがじとーっとレモナさんを見る。

 あ、何となく分かりました。レモナさん、何かやらかしたんですね。


「あーうん、い、良い名前じゃねー?」

「はあ。アオイの疑問も、もっともだ。俺達がハンターパーティーを組むその時は、まだキルティとは出会っていなかったんだが。三人で組もうと話をしていて詳細を詰めようとした頃の事だな」


 ため息を吐くロウさんの言葉を引き継いで、ラシュエルくんがレモナさんをちら、と見ながら話し出す。


「『パパっと登録しといたかんなー!』って。かってにとうろく、してた」

「しかも俺がリーダーになっていたしな……」


 そこはロウさんしかリーダーはいないと思います。



 状況は分かった。というよりも、その場面が想像できるね。


「じゃあ名前はレモナさんが決めたんですね。でも何でその名前に?」

「聞いても無駄だぞ」


 全員の視線がレモナさんに集まる。キルティさんも聞いたことが無かったのか、若干期待のこもった面白そうな目で。ラシュエルくんは無関心そうに。無駄だと答えたロウさんは、嘆かわしいと言いたげな目で……。


「ふっふっふ。そー聞かれっと、答えねー訳にはいかねーな。何を隠そー、このなま」

「長い」

「ぁだ!? だから、ほら」


 レモナさんの長い口上にロウさんがぽこっと小突いた。

 キリッとした表情で、モデルさん顔負けな程素敵なレモナさん。形の良いくちびるを開き、その理由を口にする。



「カッコいーじゃん!?」


「え、それだけ……?」


 キルティさんの声と私の心の声が被る。



 レモナさん、薄々気づいてましたが今確信しました。


 残念女神様なんですね……。

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