10話 ぺんぎん捕獲作戦③

「な、なあ見ろ。あの子が……あの子が一人でいる」

「本当だ。いつもパーティーメンバーがいて近寄りがたい。これはチャンスだぞ」

「おやまあ! 底なしに食べるってもっぱらの噂の、あの『暴食の天使』様だよぅ!」


 ぼく――ラシュエル・ママロは青果店やら魚屋やらが並ぶ市場にぺんぎんの捜索にきていた。


 きていたはず……だった。

 気が付けば周りには市場の人。しかも各々の店の商品を持ちひそひそと囁き合いながら、じりじり集まってきている。


「……?」


 ぼくには、彼らに特に何かをした記憶は無い。彼らの中には買い物の際に会ったこともある者もいるけど、この街にきてからまだ日が浅いからほんの一、二度だけ。それに明らかに初対面の人もいる。



「……お前、先行け」

「おおおれか!? 確かに食ってみてもらいてぇとは言ったけどなあ」

「ほう、ヤナッツのとこの店はこの坊主が来てから売上が上がったと聞いたのう」

「ジンクスがあるんだよぅ。『天使様に食べてもらった店は売上が上がる』ってねぇ! そのヤナッツさんとこがいい例じゃないかい?」


 先に行け、とつつき合う彼らの声も段々大きくなってくる。

 いつも店で大量に食べている姿が噂になっているみたい。しかし噂になる程度ならまだ分かる、けど。


 すごいなまえ、ついてる……。


 『暴食の天使』と聞こえた。さらにジンクスまで生まれるという。ただの噂から大分レベルアップしているらしい。


 ちなみに、この街に着いてからまだ一週間程しか経っていない。正確には九日目。

 これ以上滞在するとなると……。噂が最終進化するまでいくのは避けえないと思う。噂の最終進化が何になるのか分からないのが怖いところだけど。


 ロウに……なるべくはやく、まちをでたいって……いう。


 店屋の店員らしき大勢に囲まれ、ぼくは密かに心に決めた。



「お、おれの……。おれの娘をもらってくれっ!」


 段々眠くなってきて、ふわぁとあくびをした時。

 囲んでいる内の一人、先に行けと小突かれていた40代くらいの男が進み出てきて、真剣な表情でぼくにリンゴを差しだす。

 いたって普通の、美味しそうなリンゴ。間違っても人間の娘ではない。


 ぼくには、プロポーズをって。だれか、きめたの……?


 ぼくは内心微妙に思いながらも、くれるというのならば嬉しく思う。真っ赤に熟れたリンゴは、ちょうど良い時期に収穫されたらしく、すごく美味しそう。


「……あり、がとう。はぐ」

「おぉ! 天使様におれのリンゴを食べてもらえたなんて」


 感激した男が、ふら……とよろめく。

 おかしい。ただごく普通に食べただけなのだけど。


 そのやり取りを黙って食い入るように見つめていた周りからも、ざわざわと声が聞こえだした。


「ごくっ。さすが、心なしかサイスの野郎のいつものリンゴがうまそうに見えるぞ」

「おい、おれの娘はいつでもテカテカ真っ赤なじゅーしーっ娘に決まってるだろ?」

「その通りアンタんとこのは美味しいけどねぇ。その言い方はどうかと思うねぇ」


「もぐ……?」

「お主らがそんなこと言っとる間に、天使様は芯まで食っておるようじゃぞ」


 んぐ。おいし、かった。


 ぺろりと、余すところなくリンゴを食べ終わる。

 食べ物は皮やスジにこそ栄養があると聞いたことがある。なら貝がらや芯にだってありそうではないか、とぼくは思う。栄養うんぬんではなく、単にできる限り食べたいからでもあるのだけど。


 お皿さえ食べなければいいとも思うことがある。……以前お皿まで食べかけてロウに本気で怒られたのはアオイさんには内緒。


「何でも全部食べるってのは本当のようだねぇ」

「そうじゃのう。ふ……そろそろ、皆良いか? サイスに続くのじゃ!」


『『ラジャー! 我ら天使様にあやかり隊!』』

「ぇ……!?」


 急にテキパキと動き始めた彼らに驚くぼくの前に、さまざまな果物やら野菜やらが運ばれてくる。


 ……もう、ダメみたい。既に謎の部隊までできていた。最終進化してしまっているのかも。


 ぼくはどうする事もできずに、ぼやーっと、どこか遠い所を見つめる。当初の目的のぺんぎんを、これから見つけるのは無理だと思う。彼らが離してくれる気がしない。

 魚や肉類も運ばれてくる。一応火は通っているみたい。


「さぁ。お納めくださいな、天使様」

「遠慮はいらないぞ。ふっ。これでヤナッツと同じ土俵に立てるぞ」

「皆いつ来るやもしれんこの日を待っておったのじゃ。食ってやってくれんかの?」

「いいの……?」


 店員達に無言のまま、きらっきらした顔でこくこくと頷かれる。


 ……本当に食べていいんだ。

 目の前には山のような食材達。中には少し珍しいものまである。


「いただき、ます」



 噂の進化はもういいや。


 やっぱり、アニモスに……たいざいするのはアリ、かも?



 そうぼくは、大量の食材の前にあっさりと思い直した。




 △  ▽  △  ▽  △  ▽  △



「ふにゃ~。かわいさが、かわいさが足りないよ~!」


 わたし――キルティ・チェスローが嘆いていること、それは。

 ラシュくんやアオイちゃんと離れてしまったこと~!


 ラシュくんはいつもなでなでしてたし、アオイちゃんは……会った初日だからもみゅもみゅするの我慢してたのに~。

 かわいいが足りないと力が出ないよ~。


 アニモスは良い街だよ。何故ならモフみで溢れているからね。ケモ耳にケモ尻尾の獣人達はわたし的にドンピシャなんだもん!


 でも勝手にもふもふ触ったりできないもんね。眼福ではあるけど……。これじゃ生殺しだよ~!

 え、自前の黒猫尻尾があるじゃないかって? これはこれ、それはそれだよ。自分のってのは何か違うんだもん~……。



 わたしはだらんと尻尾を下げて、住宅街をふらふら進む。何気なく入ったそこは、小さな公園だった。


「影鬼しよーよー!」

「え~。私尻尾長いから、すぐ負けちゃうからやだぁ~」

「じゃあかくれんぼは?」

「イーくん鼻いいから、すぐ見つけちゃってつまんな~い」

「なら氷鬼にしよー」

「いいよ~!」


 獣人の子供と人間の子供が遊んでるよ。

 年齢は日本でいう小学生くらいかな~。地球と同じような遊びがあるみたいだけど、獣人とだとハンデができてしまうのもあるからね~。他の、街の人のほとんどが人間だけ、または獣人だけの街とは違うもん。獣人が多いとは言え、混在するアニモスならではかもね。


 ああ、もふもふが、ゆらゆらともふもふしているよ~!

 ぼ――――……


 はにゃっ!? あぅ、危ない危ない!


 公園で遊ぶ子供達を虚ろな表情でただ一心に見つめている今。いくらわたしが女子とは言え、これじゃ完全に不審者だよね。

 

 名残惜しいね。とっても名残惜しいけど、後ろ髪を引かれる思いで公園を出るよ~。


 と、邪念を振り切ったからか本来の目的を思い出したわたし。


「んにゃにゃ。そうだ、ぺんぎんちゃん探しに来たんだよね~。……っあ!?」


 ぺんぎん。そう、残念ながら今探してるのはアオイちゃんではないけれど、それでもぺんぎんちゃんはぺんぎんだったよ。



 合法もみゅもみゅ~!!



 一気にやる気が出てきたね! 耳もピーンと立ったのが自分で分かるもん。テンションがつい先ほどまでとは雲泥の差だよ。


「ふにゃっにゃっにゃ~。ぺんぎんちゃん。捕まえてもみゅもみゅできて、これぞ一石二鳥だよね~!

 いざ行かん! 全てのかわいいのためにぃ~」


 わたしは大きく拳を上げる。尻尾をぶるんぶるんと扇風機のごとく振り、テンションをもっとあげてね。住宅街を叫びながら走っちゃうよ~!



「……なあ」

「うん。今、変なおねえちゃんがいた……」


 去り際に、公園の子供達のそんな声が聞こえた気がしたけれど。

 気のせいだよね! だってモフモフしてないし、ギリギリ不審者じゃないもん!



 ☆



「はあ、はあ……。う~ん、住宅街にはいなかったよ~。ハズレちゃったな~」


 公園を出たわたしは、綺麗に整った家という家の間を爆走したよ。けど、ついに目当てのぺんぎんちゃんは見つからなかったね~。また尻尾下がっちゃうよ。


 別の区画になら、とラシュくんが向かった市場の方へまで足を伸ばすことにしたわたし。

 今はテンションが落ち着いてきちゃったから、てくてくと歩いて探してるよ。



「……ん~? なんだろ~、あの人集り」


 やけに人の少ない市場に、変だな~と思いながら進むと。前方に人がかなり集まっているところがあったよ。

 よく見ると屋号の入った前掛けを着けた、市場の店員だと思われる人もいるね。人が少なかったのはここに集まっているからだね~。



「ええ! ラシュくん!?」


 人をかき分け前へと出ると、黙々と食べ物を口に運ぶラシュくんがいたよ。しかも、既にかなりの量を食べているのか大分幸せそうな顔をして……かわいいね!


 ラシュくん、食べた量や美味しさがそのまんま顔に出るんだよね~。普段はあんまり表情変わんないのに。うん、そこがラシュくんのかわいいところだよ~!


 幸せそうに食べるラシュくんを見て、そのあまりのかわいさに身悶える。だってもう、ラシュくんなら何でもかわいいくらいなんだもん。

 何だかラシュくんの近くに、ラシュくんを拝んでる人達がいる気がするよ。ふにゃ~。当たり前だよね~、ラシュくんの可愛さは最強級だもん!



「おっ、ありゃ何だ!?」


 ラシュくんの食べっぷりにざわめいていた群衆から、突然驚きの声が上がったよ。その男性は上を指し、周りの人もつられて見上げてる気配がしたね。


「鳥か?」

「飛行船か!?」


 そのただならない声に、かわいさ溢れるラシュくんばっかり見ていたわたしも、さすがに上を見る。青い何かが空を横切り……ううん。こちらに向かって落ちてくるね~。


 あれれ。落ちてきたのは、青い月!? 違うよね。あれは。



「ふにゃっ、ぺんぎんちゃんだよ~――――!?」



 落下地点は……ラシュくん。


「ラシュくん危ない!」

「?……っん!」



――――シュゥン――ッ



 わたしの叫びに、咄嗟に杖を握り結界を張り、ぺんぎんミサイルから身を守るラシュくん。杖の中心に浮かぶルービックキューブのような宝石が高速で回転してるよ。

 即席なのに目の前の食材にまで張られているのは、さすがラシュくんだね~。


 慌てて張ったから、ちょっともろくて、すぐに割れるラシュくんの結界。それでも衝撃が少なくされたみたいだね。方向が少しズレたぺんぎんちゃんが、ラシュくんの側に墜落するよ。


「よ、よかったよ~」


 怪我一つ無いラシュくんを見て、わたしは安堵の息を漏らしちゃう。

 落ちたぺんぎんちゃんはぴくりとも動かないね。ぺんぎんちゃんの方は無事なのかな~。


 ラシュくんが、じーっと動かぬぺんぎんちゃんを見つめてるね。


「おお、天使様が青い隕石を食い止められたのう」

「な、今一瞬見えたのは結界?……しかしあんな風に、すぐ張れるもんじゃねぇよな」


「ぱくっ」


 食べた。周りの人のざわめきを軽くスルーしてね。ラシュくんは迷うことなく、青い隕石……墜落したぺんぎんちゃんにかぶり付いちゃったよ!?

 そんなラシュくんに、ラシュくんを拝んでいた人達が感嘆の声を出す。


「おやまぁ。『暴走の天使』様がついに隕石まで食べちまうようだよぅ!」

「やるな。やはり通り名は伊達じゃないな。我ら『天使様にあやかり隊』、これからも天使様についていくぜ。がっはっはっは!」


「ぶにゃ~。ラシュくん、め! ペッしなさい、ペ~ッ!」



 頭部分をラシュくんにくわえられて、バタバタしてるぺんぎんちゃん。

 わたしはラシュくんから慌ててぺんぎんちゃんを救出するよ。ぷるぷると震えながらわたしに抱きついてきたね。か、かわゆい~!


 と思ってたらね。ぺんぎんちゃんは抱きつくどころか、しがみついて離れないよ。どうやら今度はもう逃げ出さないみたいだね~。


 何だか長い捕獲作戦だった気がするけどね。ついにぺんぎんちゃんを捕まえられたよ~アオイちゃん!



 でも帰り道に、ちょ~っとぺんぎんちゃんをもみゅもみゅしただけなのに、何で悟りを開いたような顔をしてるのかな~?

 他にはラシュくんに食べられかけただけだし。……あれれ? そういえば、何で空から落ちてきたんだろうね?


 うん、きっと深い事情があるんだね!


 だからそんな表情をしてるだけ。わたしはもみゅもみゅしてもだいじょぶ。


 そんなわけで、帰り道はずっとぺんぎんちゃんをもみゅもみゅしちゃったよ~。だって合法だもんね!

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