9話 ぺんぎんぴえぴえみぴえぴえ

「にゃんにゃん、ぺんぎんしゃーんっ」


 私――アオイがいる、ふれあいショー会場にて。


 すっかり元気になった、ぺんぎんの着ぐるみを着た女の子ミュンちゃんがずっと私の側を離れない。

 ずいぶん気に入られたみたいだ。

 ただ、にゃんにゃんはぺんぎんの鳴き声じゃないですよ。


 以前……まあ前世なんだけど。水族館で偶々ぺんぎんの鳴き声を聴いた時は若干ショックだったかな。『ア゛ァ~』って感じに聴こえてね。

 転生してなったのが異世界のぺんぎんで良かった。鳴き声がおっさんの雄叫びみたいなのは乙女としてはちょっとね……。



 私と同じぺんぎんのペットはもう一匹いて、そちらも子供達に群がられている。

 森で会った野生のぺんぎん達と比べて、お腹の契約紋以外あまり違いは無い。強いて言うならマヌケ度がグレードアップした感じだ。人に飼われてるからかな?


 他の動物型のペットもいくつか種類がいる。犬や猫は勿論、狐や狸のような、前世ではペットっぽくない動物もいるのが異世界だと思う。

 野生の動物型の魔物に、それをペットにした魔物。そして獣人も存在して……あれ? モフ度高いな、この世界。



 元気有り余る子供達に、無力なぺんぎんである私は弄ばれる。


「ひもだ、へんなのー!」

「とれるかなー? とれるかなー?」

「ぴ、ぴびゃぴ……」

「ぺんぎんしゃん、いじめちゃめー!」


 いだたたた。う、ちょうちん部分引っ張らないでください。照明のスイッチじゃないですから! 引っ張ってもランプのオンオフしないですから!


 あとミュンちゃん、庇ってくれるのは嬉しいんですけどね。

 着ぐるみのてっぺんに空いた穴から、オレンジ色の髪の毛がぴょーんと出てて、動くたび鼻先……くちばしにひらついてくすぐったい。

 作り物のちょうちんではなく、地毛を使って天然のちょうちん代りにするとは。この着ぐるみを作った人のセンス結構好きだな。多分、向こうに見えるこの子のお母さんだと思うけど。



 今ここにはそれなりの数の子供がいるから、当然お行儀の良い子達ばかりじゃない。さっきもちょうちん引っ張った子いたしね。


「メーメーは、あたちのー!」

「あー、ずるい! ばかあ――!」

「え? きゃあっ」

「メ゛ェッ!? ブメェ、メェ~!!」


 私のいるのとは反対側で、小さい羊型のペットを取り合って子供が転んでしまったみたいだ。転んだ先がその羊だったから、共に転がってしまってパニックになっている。


「ワゥン!? キャンキャンッ」

「ブッブゥ~~!」


「うえぇ、わんわん怖いよ~……」

「うあぁ――ん、えぇ――んおかあさ~ん!」


 羊型のペットのパニックにあてられて、周りのペット達も吠えだす。突然吠え始めたペットに驚いた子供達も怖がって泣き出してしまう。

 その泣き声に驚いてペット達も更に……と完全に悪循環だ。


 すでに全体にパニックが伝わり、ペットや子供達のなき声であふれている。



「大丈夫よ~。ほらこわくな~い、ね~?」


 メネさんや、他のスタッフの人達がこの混乱を収束しようと慌てて声をかける。

 メネさんは子供達の相手をし、メネさんとは別の制服を着た人達はペット達の相手を主にしている。恐らく、その人達はペットショップの人達なのだと思う。

 そちらの方が人数が多いこともあり、ペット達は次第に落ち着いてきた。


 が、子供達の混乱はなかなかおさまらない。親も近づいて宥めるけれど、一度火のついた子供の集団パニックとは簡単には止まらないものらしい。



 ここでメネさんから指令が下った。勿論目の合図でだ。


――――この混乱をおさめよ

――――……喋らずにですか


――――当然



 無茶ぶりだ。

 私はただの、しがないぺんぎんですよ?


 とはいえメネさんの指示は絶対だ。この短い期間に完璧な主従関係ができたと言っても過言ではない。あ、ご主人様はキルティさんだったや。


 言葉を喋らずにできること、子供が喜ぶもの、そして全世界、いや全異世界に共通するものと言えば……!



「ぴ ぴ ぴ ぴ、ぴ ぴ ぴ――♪」



――――歌だ


 鎮魂歌は死者を鎮め、子守り歌は子供を眠らせる。

 全人類が知っている事。歌は偉大だ。


 歌こそ世界を救う……!


「ぴ ぴ ぴ ぴ、ぴ ぴ ぴ――♪」


 いや、さすがに言い過ぎだけど。他の人はともかく、ぺんぎんのは世界は救えないな、うん。


 ちなみに選曲は、ぺんぎんの歌は知らないので知ってる歌から歌いやすい曲。かえるの合唱にした。

 ぺんぎんがパクってすみません、カエルさん。



「ぴえー ぴえー ぴえー ぴえー♪」


 最初は皆の泣き言に埋もれていたけれど、段々気づいてくれたみたいでほとんどの子がこちらを見ている。


「ぴえぴえぴえぴえ ぴぇぴぇぴえ――♪」



 ぽかーん、としている。

 子供も、その親もスタッフも、心なしかペット達までもが。


 私の方を注視したまま、そんな擬音が聞こえてきそうな様で固まっていた。


 あ、ダメだ。これはしくじったかも。

 うーん。でも、今は全員泣き止んでるし、一応成功と言えないかな……?



 びくびくしながら判決を待つ私。すると……。


「ぴ ぴ ぴ ぴ、ぴ ぴ ぴ――♪」


 少し調子の外れた音が聴こえた。

 見ると、私と同じ格好をした女の子だ。ミュンちゃんが私が歌ったのを真似て歌っていた。


「ぴ ぴ ぴ ぴ、ぴ ぴ ぴ――♪」


 楽しげに。満面の笑みで、尾びれまで再現された着ぐるみで身体ごとふりふりと振りながら、それはもう楽しげに歌っていた。


「ぴえー ぴえー ぴえー ぴえー♪」


 この頃には、周囲の子達からも小さいながらも歌が聴こえ始めた。


「ぴえぴえぴえぴえ ぴぇぴぇぴえ――♪」


 最後の節はほとんどの子が声を揃えていた。


 一瞬の間の後。歌の最初から、今度は大声で全員が大合唱を始める。

 混乱が広がったように、笑顔の輪も広がったようだった。



 ……良かった、何とかなったみたいだね。

 メネさん。指令を無事遂行できました。

 ミュンちゃんにホント感謝だよ。


 合唱を繰り返す子供達を見て、ペットショップのスタッフさんと思われる人の一人が呟くのが聞こえる。


「これは。来た、来たわ。ぺんぎんビッグウェーブだわ……! 大変、早くぺんぎんを仕入れなければ」


 あの、ぺんぎんビッグウェーブって何でしょうか。


 そもそもこれはぺんぎんの歌じゃないし。まあ、この世界だとかえるの合唱知らないからだろうけど。



 ふと、空を見上げると青い流れ星が見えた。


 あ、あれ? 一瞬だったけど、ぺんぎんに見えたような。

 空飛ぶぺんぎん……いやいやいや。そんな訳ないよね。



――――よくやった


 メネさんからもお褒めの眼差しをいただいた。

 今更だけど、喋るペットは普通じゃなくて、歌うペットはアリなのかな……。


 ふれあいショーと言うより合唱祭になってしまったけどね。

 ロウさん達が戻ってきてくれるのを待っているだけだと思っていたから、子供達の役にたてて良かったよ。


 ミッションクリアだね!

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