6話 ぺんぎんとショー
謎の男の人に連れ去られた私は、持たれた状態のまま広場のような場所に向かった。そこで集まっている子供達の脇を通り、舞台の方へ。
その舞台裏でようやく降ろされた私の前には、まろ眉の優しそうな女の人が立っていた。
「おや~? スフゴロー君遅いじゃないですか~! もうショーが始まっちゃいますよ~」
「す、すんませんっス、メネ先輩! ちと、こいつが逃げ出しちまって……」
メネと呼ばれたその女性は、私を運んできたスフゴローというらしき男の人の上司のようだ。
低めの背の彼女に対し男の人が大柄だからか、かなり縮こまって謝っている。
あんなに大きな人だったんだ。ずっと進行方向を向くように持たれていたから、自分がどんな人に抱えられてるのか分からなかった。
どうりで地面が遥か遠くに感じるはずだね。
「ぎりぎり間に合ったからいいですよ~。次は気をつけてくださいね?」
「は、はいっスっ!」
にこっと優しげに微笑むメネさん。
いいなあ、こんな良い人がいる職場でなら働いてみたいかも。前世は学生だったから、普通の職場がどういうものか知らないんだけどね。
スフゴローさんはちょっとビビり過ぎな気もするけど。私も人のこと言えないか。
「じゃあぺんぎんくん、行きましょうね~」
「あ、はい!……じゃなかった。すみません、私帰らないと」
「はいはい、お仕事終わったら帰りましょうね~」
私の言葉をさらっと流し、メネさんはそのまま話を進めてしまう。
あーやっぱり、ここのスタッフぺんぎんだと思われてるっぽいかな。
早く誤解を解いて、ロウさん達の場所まで戻らないとね。
「いえ、私ここのぺんぎんじゃなく……」
「んん~? キミ結構お喋りできるんですね。先祖返りかしら~。ペットショップのココットさんには後で確認するとして、今はともかく急ぎませんと~、ね?」
だ、だめだ。おろおろと説明しようとする私はメネさんにあっさり持ち上げられ、ステージの方に連れていかれそうになる。
何をされるか全然分かんないし、力ずくでも逃げなきゃ……!
「うぅーん。はな、してくださ、いっ!」
「あ!」
少し強引だったけど、何とか身体をひねって抜け出せた。
――――ん?
「こら、逃げちゃダメでしょ~っ!」
「い、いつの間に!?」
気付けばまたメネさんに持ち上げられていた。
何がどうなったのかは分からないけど、とにかくこのまま捕まるわけにはいかない。腕の中でジタバタと暴れて再脱出を試みる。
「ふぅ――……」
暴れる私を、しばらく無言で見つめたメネさん。
私を近くの台に置き、メネさんが息を吐きながら、目線が合うくらいまで、すっと腰を落とす。
あれ、なんだろう。何かが変わったような……?
視界の端にスフゴローさんが映る。何で両手を組んで、祈るようにこちらを見ているんだろう。
近づくメネさんの、肩で揃えたきつね色の髪がぱさ、とかかる。
真ん中で分けてるから、彼女のチャーミングなまろ眉がよく見えるなあ。
「舐めてんじゃねぇぞ、ぉら」
「へ……? あの。メネ、さん」
「こちとら仕事で来てんだよ。手間ァ掛けさせんなっつってんだよ」
えと。口調変わってません、か……?
さっきまで優しげに細められていたメネさんの瞳に、カッと睨まれる。
「そのランタンと尾びれェムシられて、ペンギンダックになりたくなきゃァ! 黙ってさっさとショー出て働いてこいやァァ!
おいィ、返事ィィィ!!」
「ピャ、ピャイ――――――っ!」
メネさんが豹変した!?
ビッシィ! メネさん……メネ様の思わぬ剣幕に半泣きで敬礼をする。
職場ってみんなこんな感じなの?
ぴうぅ。前言撤回、やっぱり働きたくないよ。
というよりも、ペンギンダックってなんですか!?
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △
「ここか……」
「ぺんぎんしゃーん!」
迷子のぺんぎん――アオイを探しながら、迷子のぺんぎん――の着ぐるみを着た女の子を連れて歩いているというカオスな状況。
俺、ロウはリーダーとして。迷子の女の子の手を引き先頭を歩いていた。
アオイの方はキルティとの従魔契約により、その気になればだいたいの居場所が分かるから大丈夫だろう。
ひとまず着ぐるみの女の子の方を親元に帰そうと、親と向かう予定だったという広場までやって来た。
何でも、今ここではペットショップとハンターギルドが共同でペットと子供達とのふれあいショーを開催しているらしい。この子はここに来る途中で迷ったようだった。
「ミュンちゃんっ!」
「あ。まーまー!」
俺達の泊まっている宿屋の奥さんが駆け寄ってくる。この子が宿屋の娘なのは覚えていたので、こちらから探すつもりだったが向こうが気づいてくれたようだ。
「本当にありがとうございます。ほらミュンもありがとうは?」
「おにーちゃんちゃち、ありがとー! ほら、ぺんぎんしゃん!」
「ああ、ぺんぎんさんだな。……ん?」
俺は頷きつつ、ミュンというその子の指さす方を見る。するとちょうどペットショップの魔物達が出てきた所だった。
魔物達の中には二匹、ぺんぎん型の魔物であるランタンペングイーノがいた。
しかもその内の一匹が、無駄におろおろと忙しなく動いている。
「んてかさ。あのぺんぎんの動き、めっさ既視感ねぇ?」
「アオイ、さん……そっくり」
「おい。何故こんなところにいるんだアオイ」
レモナもラシュエルも同じことを思っていたようだ。
何故ショーに出ているのか、と呆れながら眺めているとアオイもこちらに気づいた様子。
ぱあっと表情が明るくなり走り出したかと思えば、
ビクッと何かに怯えたかのようにすごすごと戻っていった。
うるうると訴えかける視線をちらちら向けてくる。一体この短期間で何があったんだか……。
「えっと~。よく分かんないけどね、アオイちゃんピンチかな~? 多分ペットの子と間違われちゃったかんじだよね~。ロウ、早く助けにいかなきゃだよ!」
「恐らくそんなところだろう。説明をすれば帰してくれるだろうしな。舞台裏に行ってみるか」
バシバシ当たるキルティの黒い尻尾に、早く早くと急かされながら舞台裏へと向かった。
☆
裏へとまわった俺達は、舞台の見えるところで指示を出している女性スタッフを見つけた。
交渉をするにしても、ちらっと見えた大男よりも、優しげな彼女の方が上手くいく可能性が高いだろう。
ちなみにどちらもギルド職員のようだ。ハンターギルドで見たことがある。
そのまろ眉の女性に、代表して俺が交渉することになった。
ふれあいショーの途中に申し訳ないが、アオイの為だ。
「忙しそうなところすまない。あのランタンペングイーノについて伺いたいことがあるんだが」
「あら~、お客さんですか~? すみません、今忙しくて~。後でまたお越しくださいね」
やはり忙しいようだな。
だがアオイのあの眼を思い出すと。ショー終了後だと何かが取り返しのつかないことになりそうな気がする。
「いや、俺達はあのぺんぎんを」
「あ! あなたは確か……。最近アニモスに来た『魂の定義』の方ですね。はい、ご購入ですね~。ショーが終わり次第受付ますから~」
「購入? アオイは間違えて入ってしまったようなんだが、ぺんぎんの数が違っていたりしないか」
「違いませんよ? それより迷子さんですか! 私は今手が離せないですから~。……スフゴローく~ん!」
「はい、ただいまっスー!」
スフゴローと呼ばれた大男がこちらへ近づいてくる。
ま、マズイ。つまみ出されるか? しかしさっき購入と言ってた。このショーが終わればアオイが買われてしまうこともあり得る。何とか説明をしなければ……!
「くっ。すまないが話を」
「わー、待つっス! は、話ならオレが聞くっスから。今先輩に話かけんのはヤバいっス」
男が慌てて、俺をまろ眉の女性から引き離す。
な、なんだ……?
「先輩は、『カレフリッチの顔も三度まで』を地でいく人っス」
「は?」
いきなり真顔でことわざを言う男。意味は仏の顔も、とほとんど同じだ。恐らく、転生者が言った言葉がこの世界のものに置き換わったのだろう。
先輩というのは先程の女性のことだと思うが、一体何の話だ……?
「三回まではいいんス。ただ、四回目からはマジで恐ろしいんスよ。忙しい時なんかに話かけたら、もう、文字通り豹変するっス」
「そうなのか? 想像がつかないのだが」
「ギルド職員、魔物、ハンター。それから越えられない壁があって一般市民の順で容赦が無いっス。勿論、オレ達職員に一番容赦が無いって意味っスよ?」
男の言う先輩は、俺にとってはこの街に着いてから何回か行ったギルドでのイメージしかない。受付カウンターで常に優しげに微笑んでいる女性だった。
とはいえ冗談を言っているようには見えない。……いや、待て。様子が少し変だ。
男は灰色の毛をした狼の大男。獣人の中でも珍しく、顔全体が獣だった。
例えゴロツキだろうと、初見では絶対に喧嘩をふっかけないであろう見た目をした男が。
その立派な尻尾を、見事に股の下に挟んでブルブルと震えていた。
「……」
「オレ、クールイケメンお兄さんが、涙目になるとこ見たくないっス」
次にあの女性に話かけるとなると。ちょうど四回目だった。
くるっと仲間達の方に向き直る。
「……無理だ」
「ヘタレじゃね?」
「ヘタレだね~」
「ぐふっ」
レモナ、キルティの直球の言葉がささる。
「じー」
ラシュエルやめろ、無言でじっと見るな……。
「話ならオレが聞くっスから」
「! そう、だったな。実は……」
手短に、アオイとはぐれ、アオイらしきぺんぎんがショーに出ていることを男に説明する。
すると段々男が青ざめ、さっき以上にガクガクと震え始めた。
「や、やっちまったっス。ぺんぎんが、間違え……あー! 街に、街にぺんぎんがっスー!」
「お、おい。落ち着け」
今度はなんだ。俺だって大柄な狼男がシェイカーのように震えるのは見たくないぞ。
震える男から聞いた話をまとめると、ペットショップのランタンペングイーノを持った際、異常に暴れた為離してしまい、その隙に逃げたらしい。
街で見かけたアオイをその魔物と間違えた為、まだ街にそいつがいるはずだとの事。
それを聞いたキルティが、キョトンとした顔で言う。
「あれれ? 従魔契約って、術者には居場所が分かったり、ある程度強制できるって聞いたよ~?」
「それは野生の魔物用っスね。ペット用の魔物は品種改良で攻撃力やらが極端に落ちてるっスから、魔力のほとんどいらない形だけの従魔契約をするんス」
「そうか。なら今は、そのぺんぎんには拘束力のようなものが、ほぼかかっていないという事か」
男の説明に納得する。だからあんなに慌てていたのか。
「一生のお願いっス! 次に先輩を怒らせたらきっと命はないっス……。オレはここを離れられないっスから、街に逃げた魔物を秘密裏に連れ戻してほしいっスー!」
「はあ。分かった、分かったから手を掴むな」
がっし! 男にしっかりと手を捕まれ、ブンブン振られる。
レモナ、キルティ、ラシュエルも、仕方ないといった様子で口を開く。
「ま、アタシらがチャーム買う前にはぐれたってーのも原因だしなー。アタシらで見っけてやんよ。ちょい面白そーだしなー」
「アオイちゃんのピンチだもんね! がんばるよ~!」
「ぺんぎん、おいかけっこ……わかった」
「感謝っスー!」
どこぞのRPGの便利屋勇者並みに使われている気もするな……。
そうして、アオイ救出の為。街に逃げたぺんぎんの捕獲作戦が始まった。
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