ぺんぎんと初めての街アニモス

5話 ケモしっぽ

「甘噛みで良かった……」


 カレフリッチに食べられた私は、無事パーティーの皆さんに救出され事なきを得た。

 とは言っても管理してる人曰く、食用ぺんぎんとして見たんじゃなくて、興味があったから甘噛みしてみただけらしいけどね。



 そしてようやく、街を落ち着いて見てみた。私の想像と少し違って驚いたよ。


 日本の様に、ビルが軒並み並んでいることは流石にない。でも多少高い建物もあるし、街頭や道路の信号等もきちんと整備されている。

 まあ今の私の身長からすると、ほとんどの建物が大きく映るのだけど。


 今はぶらぶらと歩いて、街見学をさせてもらっている。

 馬車に乗る時と違って、今度は自分で歩いてるよ。ロウさん背が高いから、怖かったんだよね、あれ……。



「ほわあー!」

「アオイちゃん、どう? 結構いい街だよね~」

「はいキルティさん。整備も行き届いてるみたいですし。……正直もっとこう、ファンタジー異世界っていうと不便な生活をしてるのかと思ってました」


 思っていた以上の街の綺麗さに見惚れているとキルティさんも同意してくれる。我ながら何だか失礼な発言だけどね。


「ああ、俺も前世ではそう思っていたな。この世界では科学が魔法と絡む形で成長したらしい。だからか科学単体だと日本には及ばないが、魔道具を使えば前の世界と同じような事もできるぞ」


 同じように思っていたらしいロウさんが、この世界の発展についても教えてくれる。

 魔道具。どれがそれにあたるのか、まだ分からないけど見てみたいね。


 ラシュエルくんも、歩く度ふわふわと髪を跳ねさせ話し出す。


「ん。……まもの、品種改良したり。ひとのせいかつ、ささえてたりする。さっきの、カレフリッチは……だいひょう、みたいなまもの」

「なるほど。ふふ、前の世界との違いを探すのも面白そうですね」


 そうだよね。魔法のある世界だからといっても、人はずっと暮らしてきてるんだから。


「それにね~アオイちゃん。トイレやお風呂はかなりちゃんと普及してるから、女の子は特に嬉しいよね~。昔の転生者さまさまだね!」


 それは嬉しい。キルティさんも女の子として、その辺りは気になるところだったらしい。ほわほわ笑顔を浮かべている。

 でもそれよりも気になる箇所が一つ。


「え、昔から転生者っていたんですか!?」

「ちょいちょい、いるみてーだなー。大体、アタシらが全員そーなんだから、んな驚くこたーなくね?」

「いや、これだけ一つ所に集まるのはそうそうないはずだぞ。……ん? なんだ、ラシュエル」


 転生者がそれだけいた事実に驚く私に、レモナさんとロウさんがそう続ける。

 途中でラシュエルくんがくいくい、とロウさんの服を引っ張っていた。上目遣いで……あれはダメだ。見る人が見たら堕ちるな、うん。


「ロウ。ごはん……おなか、すいた」

「今日は一度も戦闘になってないんだがな。もう昼になる頃だから、丁度いいか。よし、いつもの所へ行こう」


 ロウさんが微妙な顔をした後に頷き、また歩き出す。


 どうやらラシュエルくんの提案通り、ランチにするらしい。

 異世界料理、これまでの感じから行くと、ゲテモノ料理が出てきたりはしないだろうけど、ちょっと不安。


 ロウさんと、無表情ながらも心なしかうきうきしているラシュエルくんを先頭に、足の短い私はててててと、大きな通りを歩いていった。



 ☆



「ぴえ。人体の神秘、ですね」


 私は思わず声を漏らす。

 大きなテーブルの上に大量に乗るお皿。お皿の上にはタイ料理に近い料理がモリモリに盛られている。ゲテモノ料理では無かったのは良かった、けど。



 食べる、食べる、……食べる。



 空のお皿も、料理の乗ったお皿に負けないくらいの数が積まれている。

 そしてその料理の大半が、今も絶え間なく運ばれている……ラシュエルくんの口へと。


 彼の見た目は、どう大きく見積っても小学生の域を出ない。

 その小さな身体に、どうしてこの体積の料理が入るのか。まさに人体の神秘としか言いようが無かった。



 その食べっぷりを眺めていたレモナさんも、面白そうな声で言い笑う。


「なはは! ラシュ相変わらずさ、すんげー量食うよなー」

「はむ。ぱくっぱく……」

「はーい! おまちどーぅ!」


 そう話している間にも料理が運ばれてくる。

 常連なのかな。特に注文した素振りがないのに、店員さんが次々に運んでくるのだ。しかも、すごく良い笑顔で。

 もしかして、この食べっぷりがお店の宣伝になっている面もあるのかも。



「あ、ラシュエルくんそれは貝ですから、こう中身をですね」

「はぐっ。バリッゴギッ。んぐ」

「ぴえぇ! か、貝がら。から・・を食べ……ああ、またっ!?」


 当たり前のように貝料理の貝がらまで食べ始めた。すんごい音をさせながら。


「……ぅん? ガッキュ、ゴッキュ」

「おお。さっすがだな、ボウズ。がっはっは! 相変わらず良い食いっぷりだ」

「食べ物たべてる音じゃないですよ!?」


 いやいや、店員さん。

 異世界だから貝がらも食べれるって事ではないよね? 実際、他の人は誰も食べてないみたいだし。


 普通に貝の中身だけ食べているレモナさんが、ぱちくりしている私に向けて言う。


「アオも驚くよなー。ラシュはさ、食い意地張ってっかんな。何でも食うってかさ。ま、いつもの事だしなー」

「食い意地の問題ですか、これ」


 絶対、違うと思う……。



「ラシュくんがいっぱい食べてるのって、見てて清々しくていいよね~。かわいいもん」


 ラシュエルくんが食べているのを見て、キルティさんは嬉しそうな良い笑顔だ。


「確かにそうですね。ただ、食費がすごそうなんですが」

「ぐふっ……」

「ロウさん!」


 『食費』という言葉に、ダメージが入った様子。

 そんなにヤバいんですね。


「正直、ヤバくはあるな……。他のEランクハンターよりも稼げているから、何とかなってはいるが。エンゲル係数の問題、だな」


 あ。声に出しちゃってたんですね、すみませんロウさん。


「ガギュ。ん。たべる、だめ……?」

「ダメではないぞラシュエル。順調にランクポイントも貯まっているから、Dランクになればもう少し余裕もできるだろう」

「そういえば、ロウさん。料理作られるって聞きましたが、普段は作らないんですか?」


 キルティさんが従魔契約の時にそんなことを言っていたはずだ。


「この量を俺一人でまかなえん……」

「た、確かにそうですね」

「あ~そっか、アオイちゃん。契約の時に言ったことだね~。でももし食費がなくなっちゃってもだいじょぶだよ!」


 言いつつ、パッと立ちあがるキルティさん。

 腰に手を当て胸をトンと叩き、キルティさんが決意に満ちた表情で宣言する。



「ラシュくんは、わたしが一生養ってあげるもんね!」


『『男前ェ……』』




「てか、10歳にしてヒモを勧められてるっつーのはどーなんだろーなー?」

「いやこの場合は普通にプロポーズだろう」

「どっちも違うと思います……」


 レモナさんとロウさんが真顔でそんなことを話している。


 ラシュエルくんはきょとんとしながら、ぱくぱくガギゴリと貝を食べ続けていた。



 ☆



 沢山食べれてすっかり笑顔のラシュエルくん。最初は無表情な子だと思っていたけど、食べ物が本当に大好きみたいだ。段々笑顔になっていって、その破壊力がすごかった。


 そしてお店を出た私達は、この街の商店街に向かっている。

 何でも、仲間になった私に必要なものを買いにいくらしい。


「キルティさん。何だかケモミミの人が多いように見えますが。この世界では獣人の方が多いんですか?」

「ううん、この街が多いだけだよ~?」

「じゅうじんも、しゅるいある。みみとしっぽだけ、かおもけものより……とか」

「あ、さっき顔もパンダみたいな人いましたもんね」


 ケモミミのキルティさんに訊ねていると、ラシュエルくんが詳しく解説してくれた。

 ぺんぎん仲間はいるかな? ぺんぎんは獣には入らなそうだけど。



 段々と人が多くなってきたから、商店街が近いのかもしれない。

 それにしても、この身体で人混みは歩きにくいなあ。特に尻尾の立派な獣人が近くにいると視界を塞がれてしまう。


 ぴえっ、また尻尾が。少し皆と離れてしまった。

 まあそんなに離れてないから大丈夫だけどね。


 彼らからはぐれないよう、ちらちらと見えるキルティさんの尻尾に向かって、早足で人混みを潜り抜けていく。



 ☆



「んお。人が多くなってきてんなー、ロウ」

「そうだなレモナ。近くの店で早めに済ますか」

「アオイちゃんがわたし達のパーティーの仲間で~す、って分かるようにするんだよね? よ~し、いいチャーム探すよ~!」

「キルティ。あかいのがいい、めだつ。ね、アオイさん……え」

「まあラシュエルの意見ももっともだが、本人が気に入るのが一番だな。アオイはどんなのが……ん?」


「……」


「あ、あれ~? この子アオイちゃんじゃないよね~。ぺんぎんの着ぐるみ、だもんねレモナ」

「んあ、キル?……あーこいつ、あの宿屋の娘だなー。なあ、あんた」

「ぺんぎんしゃん。ぺんぎんしゃん、どこー?」


「な、なーロウ。もしかすっとさ……」

「ああ。これ、アオイも多分この子も」



『『迷子だ……』』



 ☆



 揺れる黒い尻尾を見失わないように歩く。

 うーん、キルティさん達歩くの速くなってるな。追い付かないと。


 すると突然動きが変わり、立ち止まったように見える。しかも尻尾が激しく振られはじめた。

 何かを見つけたのかな。お店に着いたとか。


 相手が止まった事で、こちらもすぐに追い付くことができた。

 が、そこでようやく追っていた尻尾が猫のそれというより、犬の尻尾に近いことに気づく。


「……うん? キ、キルティさんじゃない」


 見上げれば、キルティさんだと思っていた人は、シェパードみたいな耳と尻尾をしたおじいさんだった。



「どうしよう、はぐれちゃったみたい。戻るべきか、やっぱりじっとしてるべきなのかな」


 よく知らない街で、人混みに埋もれてしまう程小さな身体で一人きり。

 顔を青ざめさせ……いや元から青いんだけど。とにかく皆と合流するにはどうするのが良いのか思案していた私。


 突然後ろから抱き上げられた。


「ぴえ!? あ、ロウさんですか? すみません離れてしまって」

「あー危なかったっス。結構探したんスよ?」

「え。だ、誰ですか」

「もう勝手に逃げないでくださいっス。また先輩にドヤされたくないっスから……」

「あの、ちょっ」


 知らない男の人に抱き上げられていた。

 よく分からないけど、人違……ぺんぎん違いだよね?


 私を持ったままくるっと回る男の人。そして向いている方向は、来た道とは別の方向だった。


「しかし、言葉が話せるランタンペングイーノとは珍しいっスね。あれ、逃げる前も喋ってたっスか? まあどうでもいいっスね、早く行かなきゃっス!」

「えと。いえ、まっ……」


 そしてその男はまっすぐに走り出した。そう、ロウさん達と離れた場所とは別の方角に向けて。



「待ってください――――――――っ!?」




 ちなみに、走り出す前最後に見た光景は。


 脚立に乗って作業をするウサミミお姉さんの、プリチーな尻尾とチラ見えする下着。

 それをでっれーとした顔で見ながら尻尾をブンブン振るシェパードおじいさんだった。


 まだまだお元気そうで、何よりです……。

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