4話 契約とおにくと

「ラシュエル、何か気になる事でもあったのか?」


 ロウさんがラシュエルくんに聞いてくれる。


 助かったね。私が聞いてもじーっと見てくるだけで教えてくれなかったから。

 天使な男の子に見つめられ続けるなんて、新しい扉が……いや開かないか。私ぺんぎんだし。

 そもそも私は今性別不明だ。せめてメスであってほしいのだけど。


「アオイ、さんを……だっこしてみたい、かも」

「はいっ!?」

「え~、わたしが従魔契約したのに~。抱っこするならわたしがする~!」


 ラシュエルくんの思わぬ回答に、何故かキルティさんがむくれている。


「ぶはっ! さっそく大人気だなー、アオ」

「なんだ、深刻な話かと思ったぞ。まあ二人がすぐ打ち解けているのは良い事だが、今日会ったばかりでそれはどうなんだ?」


 一発芸を求められてるんじゃなかったんだね、良かった。

 それにしても、ロウさんもレモナさんも助けてくれる気は無い様子。


 大人気……両手に花でモテモテではありますね。十中八九このぬいぐるみ型ぺんぎんボディのおかげですけども。



 ラシュエルくんに向けて、キルティさんが空で指を振りながら、さとすように話す。


「どうしても抱っこをしたいならね、アオイちゃんのご主人様であるわたしに許可をとらないとかな~。そうそう許可はだせな……」

「だめ……?」

「ラシュくんかわいい。許可出しちゃうよ!」

「キルティさん!? はやくないですか」

「どこの馬の骨とも分からない人には任せられないけど~、やっぱりラシュくんならいいもん」


 即行で許可を出し、何だか幸せそうな顔でキルティさんがうんうんと頷いている。

 さっきまで、ぷくーっと膨れていたとは思えない。私のお父さんかのようなセリフですが、いつの間に娘になったんだろう、私。


「ま、キルはさ。ラシュに甘いかんなー」

「かわいいは正義ッ! だもんね~」


 キルティさんがグッといい笑顔でサムズアップして、レモナさんの言葉を裏付けていた。



 ☆



 そんな訳で今、ラシュエルくんの腕の中……というより服の中におさまっている。首もととか袖口がかなり余裕のある、つまりはだぼっとした服だから服に包まれている感じだからね。

 暑くはないけど眠い。ラシュエルくんが全身からねむねむオーラでも出しているのか、つられて眠くなってきたみたいだ。


「かわいさ二倍で幸せ二倍。ふにゃ~良いよ~」

「そうか。キルティの幸せが増えたのなら戦力が増えたという事だからな。良い事だ」


 ロウさんの言葉に、私は内心首を傾げる。

 何でキルティさんの幸せが戦力に関係あるんだろう。


 美少女アニメのように幸福をパワーに変身したりするのかな? 格好は既に変身後っぽいから……きっとスカートのフリルが更にふりっふりになるに違いない。


「そーいや、ラシュが食いもん以外に興味持つっつーのは珍しくねー?」

「いつも寝てるか食べてるかだもんね~。動物全般が好きなわけじゃないっぽいし、ぺんぎんが好きなのかな~?」


 意外そうな顔をするレモナさんに、キルティさんも同意している。


「それともアオイも食べ物に見えているとか、な」

「ぴぇッ!?」


 ロウさんの言葉に眠気が飛ぶ。

 これ抱っこじゃなくて食糧確保されてる状態だったんですか!?

 え、いや冗談ですよね?……冗談だと言ってください。


「むぅ。そんなにくいしんぼうじゃ、ない。アオイさんはたべない……かも」

「え」


 『かも』って何ですか、ラシュエルくん!?


「ふーん。ぺんぎんってウマイんか?」

「俺は聞いた事がないな、ぺんぎん肉」

「ぺんぎん、にく?……じゅる」


 レモナさんの問いにロウさんが答え、ラシュエルくんがそれに反応していた。


 ちら、と仲良く一斉に視線を向けられる。


「わ、私は美味しくないですから。ぺんぎん肉連呼しないでくださいー!」



 ぴえぇ。異世界きて早々、捌かれたくないですよ。

 ラシュエルくん、そのよだれは『肉』に反応したんですか、それとも『ぺんぎん』に……ぅぐふ。


「だ、ダイエットしなければです」

「にゃ! それはダメだよ~! だいじょぶっ、アオイちゃんの身はわたしが守るからね。アオイちゃんを食べるのはこのキルティが許さないもん~! フシャーッ」

「き、きるでぃざん゛~」


 大きなつり目をくわっと見開き、慌てて守ってくれる。

 ダイエットはダメとか、一応心は乙女な私としては聞き捨てならないことを言われた気がしたけど。


 今はキルティさんだけが絶対の味方です……!



「く……ははっ、すまん。勿論冗談だからなアオイ。そろそろ街に着くぞ」


 ふるふるとキルティさんにしがみ付く私に、ロウさんが笑いながら進行方向に目を向けた。

 もしかして、さっきのは私が緊張しないように気を使って冗談を言ってくれた?……いや、この人達はこれが素な気がする。


 街、かあ。

 この世界にきて初めて会った人。それが目の前の皆さんだから、他の人を知らないんだよね。

 レモナさんのエルフや、キルティさんの獣人といった種族は、やっぱり珍しいんだろうか? 結構楽しみだ。



「そういえば、街にぺんぎんって入っていいんでしょうか? つまみ出されたり、水族館に連れて行かれたりとか……」

「ぺんぎんだからではなく、この場合は魔物だからだな。野生の魔物ならマズイが、アオイはキルティの従魔扱いだから平気だ。その点は安心していい」


 不安に思う私に、ロウさんが答えてくれた。

 水族館ぺんぎんは可愛いけど、だからと言って連れていかれるのは困るもんね。


「アオイさん、のしゅるいは……ランタンペングイーノっていう」

「ランタンペングイーノ、ですか。やっぱり魔物とかいるんですね。そして私、魔物に転生したんですね」


 ファンタジーに付きものの魔物は、この世界にもいるみたい。ラシュエルくん曰く、ランタンペングイーノという種類らしい。

 私の見た目は、地球で言う普通のぺんぎんじゃないしね。


「んで。ついでにっつーか、ちなみにだけどさ。勘違いもほとんどねーぞ。野生の魔物との違いは一目で分かるようになってっからなー。ほら、腹んとこに模様があんだろー?」

「お腹ですか?……っんにゅう。み、見えない」


 身をのりだしながらレモナさんが教えてくれる。

 ラシュエルくんの腕の中で身をよじってみるけど、悲しいかな、二頭身では自分のお腹を見ることすら叶わなかった。


「にゃはは、鏡みる~? お月さまみたいなマークが出てるでしょ~。従魔契約すると知性が上がるからね、喋れる個体がいるみたいだよ? だからちょっと珍しいけど~、アオイちゃんが喋ってもだいじょぶだよ~」


 見かねたキルティさんの出してくれた鏡を覗くと、確かに三日月とジグザグとした線が重なっている模様が見える。銀色にうっすらと光っているみたいでちょっと綺麗だった。

 湖で見た時には無かったから、従魔契約の際にできたってことだよね。……今初めて、この世界に魔法があるということを、少しだけ実感した。



 自分のお腹の模様を鏡ごしに見ている間に、街に近づいてきたらしい。


「もう着くぞ。馬車のまま街に入る。この馬車はレンタルだからな、近くにある置き場に返しに行くからもう少し降りないでいてくれ」

「分かりました」


 ロウさんの注意に頷いていると、すぐに門に着いた。


 彼らの言っていたとおり、門番の人にはちらっと見られただけで問題なく街に入れた。

 水族館に連れていかれないかと、正直まだ怖かったから、若干挙動不審だったかもしれない。



 ☆



 それからほんの少しだけ馬車に揺られ。


 馬車を返す場所は本当に近かったみたいで、馬車は比較的にすぐに止まった。


 降りてみると、思っていたよりも小さい馬車だったことが分かった。レンタルと言っていたから各パーティーに貸すのを想定しているのかな。その分、駐車場……じゃないね。確かちゃんと呼び方があった気がするけど、駐場でいいかな。そこは広かった。

 馬車一台のレンタル料は高そうだけど、この世界では需要がありそうだし、レンタカーぐらいの相場なのかも。


 皆は馬車とは言っていたけど、馬というよりは、キリンもしくはダチョウな生き物だ。

 身体部分はふっくらと羽毛があって、足が細いから身体はダチョウみたい。で、長い首からはキリンのような顔がついている。

 走り終わったからか、疲れながらもリラックスした表情。



 馬車の中で叫んじゃったりしたし。御者さんに挨拶しておこう。

 そう思ったけど、あれ? 御者さんがいないどころか御者台もないみたいだ。


「この馬車、御者台がないんですね。どうやって道を指示してたんですか、ロウさん」

「馬車を引いているこの魔物は特殊な訓練を受けているらしいから、行き先を告げれば後はその通り走ってくれる。俺がいた席からなら前がよく見えるからな。もし止まりたい時があっても簡単な指示なら席から出せるぞ」

「えっ、この魔物頭いいんですね」


 そんなに賢い子だったんだね。

 草食っぽい、ぬぼーっとした顔してるから意外に思ってしまった。


「すごいよね~。何回か使ったことあるのに、道を間違えたことないよ~?」

「ま、個体差があっから、すんげー速ぇやつとかいっけどなー。あー、なんつったっけ、こいつ」


 キルティさんもレモナさんも、何度か乗ったことがあるのだと思う。この魔物について話している。


「……カレフリッチ」

「おっラシュ、それだそれ! やっぱさ、日本で見たことねー生き物みっと、異世界感がでて……あ」


 魔物の名前を呟くラシュエルくんに、レモナさんが笑いながら話を続けるが、急に私の方を見て止まる。


 他の皆も同様に、ぽかんとこちらを向いていた。



『『あー』』

「……ぴ?」


 ゆーっくりと視界が上がってゆく。あ、ロウさんやレモナさんよりちょっと高い。

 何かに頭を挟まれてる? 後ろには確か馬車しかないはず。



――――もみゅ、もみゅ、もむ。


 馬車しかない、ということは可能性はひとつだ。


 私は、その馬車のカレフリッチに……食べられている。




『『ぺんぎん肉……』』


「ぴえ。お、おにくはいやです――――っ!!」



 『魂の定義』の皆さんが揃って呟く。

 広めの駐馬場に、私の叫び声が響いていた。



 私にとって、この世界での初めての街。


 初っぱなからこれじゃ、私、この街でどうなっちゃうんですか!? ぴえぇー……。

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