2話 さっそくエンカウント

 鍵尾葵かぎおあおい、知らない森でぺんぎんになる。の巻き。……なんてね。


 自身がぺんぎんになってしまったと自覚した私。そんな昔懐かしアニメ風ナレーションを、脳内で言ってみる。体育座りで湖を眺めながらね。


 わりと綺麗で、まあまあ中も見えて良い湖。

 たまに、絶対普通じゃない魚が見える事もあるけど。ヒレの位置に刃がついていたり、足らしきものが生えていたりだね。


 なんか、もう色々どうでもいいんで気にしないようにしてる。


 あまりの不思議体験に許容量を超え、驚く余裕もなくただ座っている私。

 今のところ襲ってこないならそれでいいかな。




 一応、夢なんじゃないかとかベタな事も考えた。けどまあ違うよね……。そもそもあんまり夢を覚えている方ではないから、こんなにはっきりしているのが夢だとは思えない。


 認めちゃったからには仕方ない。鍵尾葵かぎおあおいという人間・・はここにはもういない。私は今日からぺんぎんだ。

 誰がなんと言おうと、ぬいぐるみみたいだろうとぺんぎんなんだ。

 もどきだろ、と言われれば反論はしない。



 何か喋れるか試してみたけど、

「ぴっ」とか「ぴぇ」としか喋れなかった。


 鳴き声はさっきの、私と見た目が同じもどきさん達と似てるはずなんだけど。何故か彼らの言葉は解らなかった。

 人の言葉もぺんぎん語(?)も話せないこの状況。



――――詰んだ、よね


 何が悲しいって、こんな絶望的な事態そうそうあるもんじゃないっていうのに、膝を付き頭を落とした絶望のポーズ――いわゆる『orz』すらできないこと。


 一回やってはみた。

 膝があって無いようなもので腕が短いと、ただ寝そべっているのとほぼ変わらない。客観的にみたら死んでるだけだと思う。


 勢いよくやった日には、永遠にでんぐり返しでどこまでも転がり続けて行きそうで恐い……ぴぇぇ。




 無駄な事に体力を使うべきじゃないね、うん。


 私はまた、見るともなく湖を眺める。ぼぉ――――……




 △  ▽  △  ▽  △  ▽  △



「あれれ~? あそこに何かね、青色の変なのがあるよ~?」


 俺の後ろを歩く、黒猫の獣人である魔術師ウィザードのその言葉で目を凝らす。確かに、前方の湖の側に青い物体が見える。この距離だと何なのかまではよくわからない。


 俺達は四人組のEランクのハンターパーティー『魂の定義』。

 俺は剣士ソードマンであり、一応このパーティーのリーダーだ。


 最近この辺りの街であるアニモスに着いたため、この森には食費の為に簡単な魔物狩りに来たのだが……。


「このまま進むとアレの側を通ることになるな」

「でもね~、湖の前を通らないと先に進めないよ~?」


 呟く俺に魔術師ウィザードが返す。


 もし湖の前を通らないとすれば、脇にある木々や草の密集した所を通らなければいけない。

 今はまだ森の浅い場所ではあるが魔物はでる。視界が悪く身動きがとりにくい所で魔物に遭遇すれば、例え俺達より弱い魔物でも大怪我を負いかねない。


「あー、なんかいるみてーだなー。ま、よくは見えねーけどさ。魔物だったらそっと通り過ぎればいーし、ヤバそうだったら逃げればいーんじゃねーの? 早く行こーって」

「楽観的だな。まあ、とりあえず近づいてみるか」


 女エルフの武闘家モンクがせつく。


 とにかく進んでみよう。



 ☆



 結論からいうと魔物だった。しかも気付かれた。


 それはぺんぎん型の魔物で、ランタンペングイーノと言うらしい。


 その魔物は座り込んで湖を眺めていた。短い手を足へと伸ばしている姿は、体育座りに見えないこともない。が、魔物が体育座りをしようとする訳がないな。


 しかしこちらに気づいた時、安堵していたように見えたのは気のせいか?


「っ! 気付かれた、構えろ!」


 仲間に伝え、即座に武器を構え臨戦態勢にはいる。すると……。




「んで、こいつ回ってんのかねー?」

「何この子~! すっごいかわいいよ~!」


 突然回りだした魔物を前に、武闘家モンクはぽかんとしているし、魔術師ウィザードはその後ろから覗きこんでいる。


「魔法を放つ為の動作の可能性がある。ラシュエル、結界を」

「……ん。わかった」


 俺は魔物から目を離さずに、結界師サンシーマーに結界を張ってもらうが一向に攻撃してこない。「ぴぇー……」と鳴きながら両手を上にあげ、ぐるぐるわたわたと、小さな円を描いて回っている。


 その様子を見ながら武闘家モンクが軽い調子で言う。


「なんもしてこねーなー。んなら、試しに攻撃してみっか?」

「いや、魔物だが殺気も感じない。少し待ってみよう」


 行動が不明なのに下手に攻撃するのも危険だからな。


「にゃはは、面白~い! 最初は黄昏たそがれてたし、何だか人間みたいだね~」

「人間みたい? いや、まさかな……」


 魔術師ウィザードの言葉にはっとした時。

 唐突にその魔物ランタンペングイーノが立ち止まり、ガクガクプルプルと震え出す。

 するとこちらに向かい勢い良く、



――――ズッッサアァァァァ……



 土下座した。


「土下座だと?」

「だっは! ど、土下座って! ぺんぎんが土下座……ぷははははっ」


 さすがに、野生の魔物にしてはあまりに人間くさすぎる。はあ、前衛職の武闘家モンクが腹抱えて笑うな……。


 魔物は変わらず、ぴえぴえ鳴きながら必死に地面に頭を擦りつけている。

 それを見て仲間達も全員、俺も想像した『まさか』に思い至ったようで顔を見合わせる。


 この魔物、まさか。



『『転生者……?』』




 △  ▽  △  ▽  △  ▽  △



 ぺんぎん土下座を続ける私に、四人組の中から魔女っ娘な格好をした女の子が近づいてくる。

 何故か、ウキウキランランっといった様子で。


 殺されるのかな私。

 魔女っ娘さんは、すっごく楽しそうだけど。


 知らない森で初めて人に出逢えた、とほっとしたのも束の間。日本語でも英語でも無い言語を喋る彼らの言葉は当然ながら解らなかった。

 しかも目があったと思ったら、いきなり険しい顔で武器を向けられた。


 敵意が無いことをアピールして、必死に命乞いもした。

 だけど、人生で初めての土下座は通じなかったらしい。そもそも土下座を知らないか、手足短すぎて謎の行動にみえた可能性も……。

 うぅ、この二頭身ボディのせい? orzもできないから!?



 あーあ。こんな訳わかんない場所で死ぬんだったら、ことごとくインフルエンザで行けなかったドリームネズミランド。そこに、無理にでも行っとけば良かった。


 魔女っ娘さんが何かを呟き、辺りを淡い光が満たす。


 泣いてしまいそうで思わず目を閉じると、頭の中に日本語の声が響く。



『わたしとの契約、受けいれてくれる~?』


 えと、契約……?


 この声の主は、さっきの魔女っ娘さんだろうか。


『魔女っ娘ってわたしのことかな~? 契約……ん~どっちかと言うと仲間になって、かな? 無理にとは言わないけどね、なってほしいな~。ロウの手料理は美味しいし皆優しいからね、ぺんぎんちゃんのやりたいことも少しはできるかもだよ~?』


 死ぬ前にやりたいこと、かあ。やっぱりドリームネズミランドは行ってみたかったな。


『にゃはは! ドリームネズミランドは無理かな~? でもだいじょぶ、今すぐ死なないからね。その代わり~、いろんなとこ連れてってあげるよ。だから契約成立ってことだね! ほら、目開けてね~』


 旅行とかあんまりしなかったから、それでもいい、かな?


 なんだか流されている気がするけど……。やり方が本能的にわかる、その光を『受け入れ』て、私は恐る恐る目を開ける。




「……上手くいったのか?」

「うん、ばっちしおっけーだよ~!」


 目を開けた私が見たのは。剣を背負った男の人が確認をし、それに対してぴょんっと魔女っ娘さんが飛びあがりピースするところだった。


「おー、さすがだなー。んじゃ、さくっと自己紹介でもすっか?」


 その様子に、まるでゲームの武闘家のような格好をした女の人が、にっと笑いながら話かけている。大きな杖を持った男の子は黙って私を見ていた。


 あれ、魔女っ娘さんの声は頭の中で日本語で聞こえていたけど、他の人はさっきまで言葉が解らなかったはず。今はちゃんと言葉に聞こえた。……というより理解できる・・・・・

 相変わらず日本語ではない言語だけど、まるで生まれたときから聞いていたかのようにスっと言葉として頭に入ってくる。


 そしてその魔女っ娘さんを除く三人は、少し離れた所で見ていたけど、私達を見て構えを解き近づいてきていた。


「えと、一体何が……。って声が、言葉が喋れる!」


 近づいてきた男の人に状況説明を求めようとして、私が今ぴえぴえではなく人の言葉が喋れたことに驚いた。


「確かに成功したようだな。なら……っと」

「ぴぇっ!?」


 そんな私の様子に確認するように頷く男の人。

 その剣を背負った男の人に持ち上げられる。じ、地面が遠い。


「ひとまず街へ戻ろう。説明やら自己紹介やらは馬車の中でやればいい」


 そしてそのまま歩きだす。

 で、できれば降ろして頂きたいのですが?



 ……はっ!


 私みたいに、ぬいぐるみもどきなぺんぎんを誘拐したって身代金は貰えませんよ!?


 いや、逆に珍しくて高く売れる可能性も……ぴえぇぇ。


 こうして私は両脇持ち上げられたまま、誘拐されるぺんぎんの気分を味わいつつ。彼らの馬車へと運ばれていった。

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