ぺんぎん×エンカウント

朝山なの

ぺんぎんと仲間

1話 ひとまずぺんぎん

 気がついたら、目の前にぺんぎんのぬいぐるみがあった。



 ん? なんでこんな所にぬいぐるみが?

 そういえば私、さっきまで何してたんだっけ……よく思い出せないかも。

 あ、そっか。これがいわゆる記憶が混濁こんだくしてるって状態なのかな。


 なんて、私――鍵尾葵かぎおあおいは自分と同じぐらいのサイズのぬいぐるみを見つつ、我ながら呑気に考える。


 目の前のぺんぎんのぬいぐるみは、立った状態で私と同じ高さに目がある。

 人間と並ぶサイズって結構でかいよね。


 あまり回らない頭で、ぼーっとそのぬいぐるみを観察する。


 体つきはぬいぐるみらしく、寸胴スタイル。しかもリアルのぺんぎんに比べて青が明るい。まんまるの瞳と極太の白い眉がコミカルな印象。

 そしてなんというか、だいぶマヌケな顔してる。


 ぺんぎんだからか手は短いし、極めつけに頭から変なランプの様なものが生えているのが大きな特徴だ。


 あれだ、チョウチンアンコウのチョウチンを短くしたみたいな。……まあ可愛いっちゃ可愛いんだけれど、それがまたマヌケ感を助長しているんだよね。



 そしてよっぽど丁寧に造られたのか、縫い目が全く見えないのが驚きだ。


 瞳もうるうるとしてるし、呼吸だってして――――え?


「ぴぎゃっ!」


 聞こえた鳴き声は、明らかにそのぬいぐるみからだった。


 あれ、生きてる……? ぬいぐるみかと思ったら生き物だったの、このぺんぎんもどきさん?

 うーん。でもこのぺんぎんもどきさん、私の知るぺんぎんとは全然違うしな……。ぬいぐるみみたいだし。


 しかもこのぺんぎんもどきさんと睨み合ってて気がつかなかったけど、何匹かのぺんぎんもどきさん達に囲われている。

 なんだろう。人が珍しいのかな?


 私が目を向けた途端。ぺんぎんもどきさん達が次々に、その黄色いくちばしを開く。


「ぴぎょっ」

「ぴぎゅ?」

「ピ…」


『『ぴぎゃっっ!!』』


 何故か一斉に威嚇される。いや待って何ですか!?


 さすがにそれは怖いですって!……いやまあ、見た目は可愛いんですけれども。

 自分の周囲で叫ばれれば、例えマヌケ顔のぺんぎんもどきさんであったとしても怖いからね。



 二十匹程のもどき・・・さん達に詰め寄られ、ひとまず私は後退する。


 ちらと辺りを見回すと、後ろは湖みたい。それ以外の場所は木が林立していて森のよう……森?


 ぺんぎんが何で森にいるのかな?

 目に映る全ての木々が、通常のものより遥かに大きい気がする。

 しかも後ろが湖って、私泳げないんだよね。


 ぐるぐると同じ事を考えてしまう。

 わたわたオロオロと、自分の周りで小さな円を描いて回る。

 自分でも滑稽こっけいだとは思うけどね。だってビビりなんだもん、私……。



 私を見たもどきさん達がひそひそ話を始める。


 まず私の左右のもどきさんが、ささやき。伝言ゲームのように中央へと伝わる。

 やがて中央に位置するもどきさんへ。つまり私が最初に観察したぺんぎんもどきさんにまで伝わった。


 どうでもいいかもしれないけど、ぺんぎんの耳ってどこにあるんだろう? 人間で言う耳の辺りに話しかけてるように見えるけど……。ここから見ると、つるっとしてるから耳なのかはいまいち分からないね。


 中央のもどきさんは、この集団の中ではボス的存在らしい。

 大仰に頷いたそのもどきボスさん。ゆっくりと私へと向き直り、半目で眺められたと思った直後。



「………ぴっ」


 鼻でわらわれた。

 なんとなく分かる。絶対今、私をバカにしましたよね!?


 うぅぅ。

 いくら見た目が可愛いぬいぐるみみたいだからといって……マヌケ顔じゃないですかっ!


 涙目になりながら、もどきボスさんに心の中で反論してみる。決して口には出さずに。

 もしも、もどきさん達が人間の言葉を解っていて、マヌケとか言ってるのがバレたらちょっとね。勿論、そんな勇気はない。



 内心マヌケ顔と馬鹿にしながらも、黙っていることは良かったみたい。

 やがてその中央のもどきボスさん一匹を先頭に、ぞろぞろと私から離れていく。森の奥……だと思われる方へ向かって去っていった。


 ただし、そのほとんどのもどきさんが、私に向かって蔑みか哀れみの視線を向けながら。


「……ぴぷすー」


 さっきまで感じていた怖さを忘れて、一瞬イラっとする。けど、そんな事よりも気になる事がある。


 あの。一体今の短時間で、私の何を試して何に軽蔑したんですか……?




 何はともあれ、とりあえず一人になれて落ち着ける。……なんて思ったのは一瞬だったね。

 背後にあった湖を何気なく覗いてみて、ようやく理解した。


 そこに映っていたのはさっきのぺんぎんもどきさん。またあざ笑いに戻ってきたのかと少し身構えるけど、すぐに気づく。



 うん、これは――――自分だ。



 え。私もさっきのぺんぎんもどきさんみたいに、なっちゃったの……?


 まあでも、本当はずっと見えていた。人間の鼻とは明らかに違う、くちばしの黄色。

 髪の毛の感覚がしなかったり、腕や足の動かす感覚が人のそれではないことにも気づいてはいたんだよ。だって歩くとペチペチ言うし。


 そこまで違和感あっても、いきなり自分がぺんぎんもどきになったなんて思わないよね?


 不自然な程近い地面や、やけに大きく見える木々。

 辺りにある岩などからも、もどきさん達が人間並みに大きかった訳じゃないみたい。ただ私も小さかっただけだと気づき、納得する。


 じゃあ何で気づかなかったのか。ただ、認めなかっただけだね。


 本当は心のどこかでは気づいていたから、はっきりと姿を見て認めざるをえなくなっただけ。


「……」


 訳の分からない状況にぷるぷる震えてたけど、自分までぺんぎんだと気づいてからは止まっている。

 そうなんだ、私もぺんぎんなんだ。……しかももどき。せめて普通のぺんぎんが良かったよ。



 誰もいない湖の前で天を仰ぎ、故郷の家族へと思いを馳せる。



 拝啓 お父さん、お母さん、ついでに妹


 私ことあおいは、今見知らぬ森で一人です。……いや、一匹ですかね?


 ぺんぎんです。しかも、どう考えても自然で生きるのに適しているとは思えない短足低身長。おまけに寸胴ですし。

 顔? 顔は当然、さっき自分で罵倒したマヌケ顔。


 見た目仲間らしきもどきさん達にも一瞬で見放され、置いていかれました。


 これから先どうなっちゃうんでしょうか……。私は今ぺんぎんだけど、せめて人に会いたいです。

 この森、人がいるのかもまだ分からないですが。



 ……ぐすん。

 泣いてないとか意地張らないから、もう帰りたいです――っ!

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