第7話ー狭まるー(2)


彼は、目の前の廊下に立っていた。


資料室の奥の廊下である。

草道を歩いていた時の、ほんの一瞬。教室を挟んだ向かい側に彼がいた。

ドアを開け、中に誰もいない事を悟ると、彼はすぐに閉めた。

廊下を歩いている。シルエット越しに分かる。

もしかしたら、植草先生を訪ねて来たのかも知れない。


でも、目は合わなかった。


今、僕のいる場所はそんなに遠くないのに…。

避けられたという訳でもない。

僕がここにいると、気づいていない。そういう感じだった。

間違いない。

光さんの視野は、間違いなく狭まっている…。


焦った。草道を走り、急いで教室に入る。

ここで話さなかったら、もう二度と…。そう思ったと言うのもある。

だが、乱暴にガラス扉を開けた時。僕は不謹慎にも別の事を予感した。

もしも…。その後は考えたくない。

廊下を走って、もう一度名前を呼んだ。


「光さん…‼」


ゆっくりと、その細い背中が振り返る。

視線が合って、心の底から安心した。

「あ…。」

誰にも会わないつもりだったのか、光さんは酷く驚いた顔をしている。

「心配したんですよ‼どうして…何も…言ってくれなかったんですか‼」

「…。」

「アトリエにもいないし…。」

久々に会った光さんに、以前のような笑顔はない。


「もう…会えないって…言った…。」


そうだ…。光さんはあの日、そう言った。呼吸の音が煩く、僕は息を整える。

「僕は…嫌です。そんなの…。」

「君は…。」

光さんが俯く。また、苦しそうな顔をした。

もう、秋君とは呼んでくれない。

「何も…分かってない…。」

光さんの苦しみまでは分からない。僕は同じ痛みを引き受ける事までは出来ない。

「病気の事…沢山考えました…。それでも、僕は…あなたに会えない方が苦しかった。」

ずっと…会いたかった。ずっと…。

「僕じゃ…光さんの力になれませんか…?」


「…適当な事…言うな…。」


「え…?」

口調が変わった。光さんが、僕を見る。


「いつか…〝障害者〟になってしまう僕と、君は一緒にいるのか…?」


廊下に突き抜けるような声が響く。

反響し、そのまま僕に返ってくる。



「全部、引き受ける覚悟もない癖に…‼適当な事言うな‼」


怒鳴られたのは、初めてだ。

でも、怒っているという感じではない。まるで、怯えているようだった。


― 僕は誰より、この感情を知っている…。―


それは、劣等感だ。

僕も前までは、そんな気持ちに支配され、狭い枠の中で怯えていた。

でも、そこから救い出してくれたのは光さんだった…。

だからこそ、僕は光さんと一緒にいたい。

たとえ、同じ景色を見る事は出来なくても…。


僕を、見てくれなくなったとしても…。


この真っ暗な闇の世界で…彼の隣で、寄り添える存在になりたいのだ。

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