第7章 狭まる

第7話―狭まる―(1)


光さんと会えなくなってから、二週間…。

僕は、ずっと考えていた。

彼が見てきた世界と、僕が見てきた世界は違う。だからこそ、彼には僕の言葉は理解できないのだろう。


人に見られる事が怖かった。

僕の人生の大半は、そんな闇で占められていた。

それでも、彼の目が僕を捕えなくなったらと思うと、不安で仕方がなかった。

不安で、不安で…止めどない渦が、やがて涙になり、僕はようやく気付いた。


きっと、このままじゃ駄目だ…。でも…。

今、会いに行っても、光さんは取り合ってくれないかも知れない。

最後に会った時…。光さんは、僕に謝るばかりだった。

けど、それは僕を拒絶する事が出来なかったからだ。

どうだって、出来たはずだ。僕なんか…。

臆病で…元々、独りだった人間なんて…。


それこそ、こっ酷くしても良かったのだ。

〝金輪際、関わるな。〟とか、都合の良い言い訳とか。言いようは何でも。

いくらでもあったはずだ。

でも、あの人は優しい。そんな僕を思いやってしまう程に…。


だから…僕を、どう傷つけていいか分からなかったのだ。


でも、今度は違う…。今度は、ちゃんと僕を遠ざけようとするだろう…。

今、会いに行けば…あの人は、どんな言葉で僕を拒むだろうか…?

あの時のようにはならない。もう、あの人の決意は決まってしまっている。

僕も、それは知っている。

だからこそ、話し合わなければいけない。

覚悟は決めた。光さんに嫌われる覚悟。嫌われても、向き合う覚悟を…。

僕は、もう怖がらない。


やっと決心がついたのは、その日の正午過ぎの事だった。

けれど、そこに光さんは居なかった。アトリエには、鍵が掛かっていた。

単に、部屋に入れてもらえなかった訳では無い。あの日からなのだ。

僕と、話しをしたあの日から…。

以来、光さんはここに来ていなかった。


その後。

僕は言うまでも無く、光さんとの日々を失った。

依然、光さんの行方は分かっていない。植草先生も、消息が分からず困っている。

光さんの実家や、一人暮らしのマンション。

思い当たる場所は、全て潰したらしい。

大体、光さんはこの時代に、携帯を持っていない。

だから、それらの情報ツールを持たない光さんは、連絡の取りようがないのだ。

あの頃。アトリエにさえ行けば、当たり前に会えると思っていた自分が、なんと愚かだったのかと思う。


九月中旬。

それから、また季節が過ぎた。

色あせた季節がやってきた。

暦の上では、僕が一番嫌いな季節になろうとしている。


いつかまた、光さんが来るかもしれない。

そう思って、アトリエに立ち寄ってはみるものの、まだ一度もその時はない。

アトリエの扉は、今日も閉まっている。

もう、ストーカーと呼ばれても仕方がない。

この草の道も、何度行き来したか。


この時もその帰りだった。




「え…?光さ…ん…?」

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