第6話ー障害ー(2)


夏の蝉の悲鳴が、けたたましく響いている。

もうすぐ終わる儚い命が、季節の終わりを知らせていた。


「つ…き………月下‼」


真中…?そう言えば、今は授業中だった。


僕は、びくついた時に落としてしまった鉛筆を拾った。

みんなの視線が僕に向いている。


「先生、呼んでんぞ!」

真中が、小声で何度も前方を指さした。


見てみると、植草先生が定規で肩を叩きながら僕を見ていた。

「月下ぁ~、また上の空か?」


「あ…。」

「課題はやったのか?」

そうだ…そうだった。今日は課題も出さなくてはいけない日だった。


「い、いえ…すいません…。」


僕の返答に、先生はぎょっとした。僕が、課題を忘れたのは初めてだからだ。


「月下、後で先生の所に来なさい。」

叱られても当然だ。先生は、険しい面持ちで言った。


「ドンマイだな。」

「月下にしては珍しいじゃん。」

真中と佐藤も、バツが悪そうに気遣う。本当に情けない…。


いつまでも、振り回されたくない。

なのに、抜け出せない。この苦しさから…。



その日の夕方。


先生のいる資料室に行った。

この教室に来るのは久しぶりだ。

ここはまだ友達が出来なかった頃、よく来ていた。

先生は僕を気遣って、よくこの場所で話をした。それが、最近になってアトリエに行く事が多くなり、先生も喜んでくれていた。


でも今は、その先生の顔色は暗い。まるで、つい昔に戻ったようだ。

「秋斗、お前…光と何かあっただろ?」


―〝秋斗〟―


教室とは違い、二人きりになった途端、先生はそう呼んだ。

以前のような安心感に、張り詰めた空気も和らぐ。


「はい…。」


察しのいい先生は分かっていた。その気遣いに、平常心の均衡が崩れそうになる。


「そんな顔をするな。」


「え…?」

先生が、僕の頭を軽く撫でた。大きくがっしりとした手が、僕の髪を乱していく。

「お前、授業中もずっとそんな顔してたぞ。」


「あ…ごめんなさ…。」

「気にするな。お前のせいじゃないって事ぐらい分かってる。課題を忘れたのもな…。」

先生は、困ったような顔で笑った。

その笑顔に、植草先生が居てくれて本当に良かったと思った。


「あいつとは、もう会わないのか?」


「はい…。」

「一応聞くけど…それは、お前からそう言ったのか…?」

「いえ…。」

「そうか…。」


「でも、あの絵は…完成させてくれるそうです…。」

そこまで言って涙が出た。

前髪を引っ張って泣き顔を隠すと、先生はまた僕の頭を撫でて言った。


「馬鹿だなぁ…。」


どちらに対しての言葉なのか…。

また、その顔色が少し曇る。



そして、ぐずり泣く僕を諭すように、先生は続けた。

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