第4話ー錯覚ー(4)


「光さんは、僕なんかを描いている場合じゃないと思います。」



「それ…どうゆう意味…?」


光さんの表情に影が落ちる。

僕の不安が投影されていくみたいに…。


「僕は…あなたの才能の邪魔をしたくないんです…。」


「邪魔じゃないよ…。」


「あなたは何もわかっていない…‼」

つい、大きな声が出てしまった。

光さんも手を止め、スケッチブックをたたむ。

「あなたが、どれだけ多くの人に求められているか…‼あなたの才能には限りがあるんですから…。」


「そう、だね。」


言い過ぎているのは分かっている。

言葉をオブラートに包む余裕はなかった。でも、光さんの本心が知りたい。


「でも、僕は君以外を描くつもりはないよ。完成したら、他のを描いてもいいけど…。」


「どうして…‼」

喉が焼けるように熱い。

瞳からは涙が出ていた。僕はただ、あなたは特別なのだと分かって欲しい。

でも、僕は無力だ。

今もこうやって、ただ項垂れ、泣くことしか出来ない。


「君は美しい…。」


顔を上げた。

雫越しに光さんの顔が近くにある。


その瞬間、互いの唇が触れていた。

「ふっ」と空気が触れるような音がし、自分の吐息が漏れたのだと分かった。

僕は硬直したまま、それを引き剥がすことが出来ない。


僕らは今、キスをしている…。


柔らかい唇が、僕のを塞ぎ、それは暫し続いた。

一度離れ、互いの唾液を交換してもなお収まる様子はない。


これは、何?第一、僕は男で光さんも…。


そう考えたら、堪らず光さんを押しのけていた。

二人ともすんなり離れた。光さんは強く押さえつけたりはしなかった。


「え…?」僕は、真っ直ぐ光さんを見つめている。

むしろ、目を反らしているのは光さんの方だった。


この答えを求めたいのに怖い…。


でも、光さんが嫌とかではない。

僕はそれ以上に、光さんを失いたくない。

何が何だか分からなくなり、アトリエを飛び出した。


頭はまだ混乱している。

そして、再び騒がしくなっている。

だが、混乱しながら想った。

僕にはそもそも恋愛経験と言うものがない。

ましてや、友達と呼べる交友関係も無い。

だから、これは勘違いだ。


僕は錯覚している。

友情と恋愛の一線を…。

僕は、途中で草の道を振り返った。



けど、以前のように僕を呼び止める声は無かった。

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