第4話ー錯覚ー(2)


―色彩― その絵のタイトルである。



「あぁ。やっぱりこの絵が気になるか?」

横に先生が立っていた。


「え…?あ、はい。」


「この絵はな、あいつの代表作だ。丁度、あいつが病気を知る前のな。」

「え…じゃあ、スランプになる前の…?」

「そう…。あいつはこれきり…全然描けなくなった。」

自然と会話は終わり、僕らはまた絵だけを見つめた。

この絵を見ていたら、全てがどうでも良くなる。


なんて、優しく悲しい絵なのだろう。

病気を知る前の絵なのに、この絵は孤独だ。

そしてそれが、皮肉にもこの絵をより一層美しく魅せている。


「あいつ変わったよな。」


「え…?」

「お前のお陰かな…。」

「は…?」


「あれ?秋君…?二人ともいつ来たの?」

話は、途切れてしまった。

光さんが、僕らに気づいてやって来のだ。

急に周りの雑音が入る。

先生はそれ以上、口にしなかった。


「おぉ!主役の登場だな。」

「言ってくれれば良かったのに。」

「あぁ、悪い!忙しいかと思って。」

先生はそう言うと、チラリと僕を見た。


「来てくれてありがとう。」

その視線に気づき、光さんは僕にいつもの笑顔を向ける。


「あ…いえ。凄いですね。色んな人が見に来てて…。」

「僕は、秋君に見てもらえるのが一番嬉しいけどね。」


「え?」

「こら、俺もいるんだぞ~。」

「勿論先生も、ですよ。」

駄目だ…。

どうしても、よそよそしい態度になってしまう。

意識しすぎにしても、一体何に対してなのかも分からない。


「この絵、気に入ってくれた?」


突然、光さんが顔を覗き込んできた。

俯いていた僕は、光さんとの顔の近さにまず驚く。


「え…?あぁ、はい。」

頷くと、下から見上げたその顔がほどけるように微笑んだ。「そう。良かった。」

「代表作なんですよね。」

「うん。秋君には初めて見せたね。」

「タイトル通り、綺麗です。でも…。」

そこまで言いかけて、ハッとした。

二人の視線が一点に僕に集中している。


「いや…その…。」

僕は何を言おうとしたのだろう。

だが、しどろもどろになっている内に、光さんは誰かに呼ばれて行ってしまった。


「言わなくて良かったのか?」

先生が僕に耳打ちする。僕は小さく「はい。」と言った。


主役の戻りに、人の声が騒がしくなった。

会場の雰囲気も一気に変わっていく。

光さんは、勧められるがまま、向こうでマイクを持たされていた。

額縁の中から抜け出たような光さん。

拍手の音と、何台かのカメラのシャッター音。

眩いばかりの照明が当たると、不慣れな感謝の言葉が聞こえてくる。


突き付けられた感じがした。

〝勘違いするな。

お前なんかが、あの人を独占していいわけがない。〟

まるで、光さんの居場所はここなのだ。

そう誰かに戒められている気がしたのだ。



僕は、静かに会場を後にした。

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