第47話 輪廻の彼方に

 純が持っていた金の錫杖を、静かにゆっくりと、真っすぐ上に持ち上げていった。

「僕は宇宙の炎に燃やされる」

 八雲が純をしっかりと見た。

「そう、果てしない魂までも」

 純も、覚悟の籠った澄んだ瞳で八雲を見た。

「・・・」

「・・・」

 純のその目の奥に、一瞬苦悶の色が走った。その瞬間、八雲は青い宇宙の炎に包まれた。

「八雲~」

 いつかが叫んだ。

「八雲ぉ~」

 茜も声の限り叫んだ。

「私は何度愛する人をこの業火で焼いたならば、私は・・、私は・・、許されるのでしょう・・」

 純は目を閉じ、全身で嘆いた。

「何度この悲しみを受けたなら、私たちは許されるのでしょう」

 純の心の奥底からの嘆く声は、大地を震わせた。

「何度罪を償ったら私たちは許されるのでしょう」

 純は泣いた。その深い絶望と悲しみは宇宙全体を揺らした。

「この想いがあれば俺は何度だってこの業火に焼かれても悔いはない」

 炎の中で八雲は、そんな純を見つめた。

「八雲・・」

 純も愛おしそうに八雲を見つめた。

「・・・」

「・・・」

 二人は見つめ合った。永遠の輪廻の一瞬の想いの繋がりを確かめ合うように・・。

「永遠の輪廻の彼方で僕たちは愛し合う・・、それがたとえ苦しみであったとしても」

「八雲・・」

 純は、悲しみと愛おしさに押しつぶされそうになりながらも八雲を見つめた。

 八雲は宇宙の業火に焼かれ、燃えていった。しかし、その口元には微笑みがあった。

「八雲・・」

 純が最後に呟いた。そして、八雲は消えた。

「八雲~」

 いつかが叫んだ。しかしそこにはもう宇宙の炎の残像だけが微かに霞んでいるだけだった。

「八雲・・」

 八雲は消えていた。

「また果てない輪廻の彼方に」

 最後にそう呟くと、純も消えた。


「・・・」

 いつかは全ての世界の歪みが晴れたその場に、一人茫然と立ち尽くした。その横で茜が、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。それを静香が寄り添うように素早く支えた。

 泰造とハカセはその場にただ茫然と立ち尽くし、八雲の消えた残存を見つめていた。

「なんて悲しい業であろうのう」

「老師」

 いつかの背後にいつの間にか幻幽老師が立っていた。

「星も泣いておる」

 老師は星空を見上げた。世界の歪みが晴れると、いつの間にか、時刻は深夜になっていた。

「あの時、六角堂でエメラルダスに八雲が見えたのは、殺意がなかったからだったのですね」

「ああ、そうじゃ。殺意など微塵もなかった。最初からな」

 老師はいつかの横にゆっくりと歩み寄った。

「・・・」

 いつかも星空を見上げた。それは、以前と変わらない何の変哲もない星の瞬きだった。

「宇宙は一体いつまで輪廻していくのでしょう」

「さあ、それを知る者はいまい。我々はただ大きな流れの中でそうあり続けるだけじゃ。ちっぽけな存在として」

「・・・」

 いつかの中には深い感慨が渦巻いていた。

「また守れなかったわ・・」

 いつかは力なく呟いた。

「残酷だわ。あまりに・・」

「これが宇宙の外側の意志ということなのかのう」 

「・・私たち人間ごときがそれに逆らうなんて土台無理な話なのですね」

 いつかは唇を噛むように力を込めた。

 夜空は変わらず星が瞬き、その奥にどこまでも深い闇を湛えていた。

「ファーストキスだったんだよ」

 いつかは星空を見つめ、一人、自分の唇の感触を確かめるように呟いた。

「輪廻の彼方に・・」

 いつかは、星空を見つめ続けた。




                          (おわり)

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悪魔の守り人 ロッドユール @rod0yuuru

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