第45話 愛

「そ、そんなこと・・」

 八雲は震えた。

「そんなことできるわけがないだろ」

 八雲は叫び、七支刀を捨てた。

「八雲・・」

 いつかが八雲を見つめた。

「そ、そんなこと言われても全く記憶もないし、実感だって全くない。それなのにどうして、それが僕なんだ。僕と言えるんだ」

 八雲は叫び、純を見た。

「あなたの中にまだ、燃えているはずよ」

 純は再び愛おしそうに八雲を見た。

「えっ」

「あなたはすでに知っているはず」

 純の声が呪文のように八雲の中に木霊する。

「えっ」

「あなたはすでに感じているはず」

「・・・」

 純のどこまでも深い深い透明な瞳の奥が、八雲を吸い込むように見つめた。

「あっ、ああ」

 八雲は、その目の奥を見たとたん、何か自分が自分の中に吸い込まれて行くような感覚に襲われ気が遠くなっていった。

「ううっ」

 ぐんぐんと自分の中に自分が入って行く。そして、ぐんぐんと入って行った先に、八雲の胸の奥に何か切ない熱い塊のようなものが滲み出るようにして湧き上がった。

「あっ」

「あなたは私を愛してくれたのよ」

 純が愛おしそうに八雲を見つめる。

「あああ」

 八雲は自分の胸の奥を押さえた。

「感じる。何か・・大切な・・、何か・・」

「八雲」

 いつかが心配そうに八雲に近寄る。

「こ、これが・・」

 八雲は純を見上げた。

「そう、それがあなたの愛」

「こ、これが・・」

 八雲は胸を押さえうずくまった。

「八雲」 

 いつかが八雲に体を密着させる。

「君への果てしない愛を感じる」

 八雲は知らずに泣いていた。それは切なく悲しく、それでいて堪らなく温かく、愛おしく八雲の胸を締め付けた。

「大切な・・、大切な・・、何か・・」

 八雲は胸の奥でくすぶっていた何かを今はっきりと感じ、それが全て分かった気がした。

「僕はこの為に存在している。あり続けている。それをはっきりと感じる」

「私も感じるわ」 

 純も泣いていた。

「僕は・・僕は・・・」

 八雲はあまりの想いに震え、胸を押さえ再びうずくまった。

「八雲」

 いつかが心配そうに、そんな八雲を覆いかぶさるように抱きしめる。

「僕は・・」

 八雲は苦しそうに呟いた。

「ただこの想いのために・・・、僕はあり続ける」

 純は心底愛おしそうにそんな八雲を見守っていた。

「八雲」

 いつかが、八雲の顔を確かめるように見る。

「そして僕はまた輪廻の彼方に・・・、果てない苦しみの彼方に・・・また君と離れて・・・」

 八雲は顔を上げ純を見た。純は心が壊れてしまいそうなほどの悲しみを湛えた表情をしていた。

「百万遍の輪廻の彼方にこの身を焼かれようとも、この思いを僕は・・・」

 八雲は、揺らぎのない眼差しで純を見た。純も全てを悟った眼差しで八雲を見つめた。

「僕は・・」

 八雲は最後の力を振り絞るように呟いた。

「八雲・・」

 純も呟いた。

「この輪廻の彼方にきっときっと私たちは・・・きっと一つになれる時が来る。そう信じて」

 純はしっかりとした眼差しで八雲を見つめた。

「うん」

 八雲もそんな純をしっかりと見つめ返した。

「あなたを殺すことでしか愛することを許されない。それが私の愛・・」

「殺されることでしか愛し続けることを許されない。それが僕の愛・・」

「なんて悲しい愛なの」

 静香が八雲の後ろで呟いた。

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