第38話 脱出

「しかし、どうやって、ここから脱出するかだな」

 八雲は立ち上がり、改めて辺りを見回した。しかし、やはり絶望的にそこはぶ厚い瓦礫で外界から閉ざされていた。

「どうする?」

 八雲はいつかを見た。

「さあ」

「さあって」

「完全に塞がれてるんですもの。どうしようもないわ」

 そう言って、ミニスカートの埃を払いながらいつかも立ち上がった。

「エメラルダスは消えちまったし・・」

 八雲は、首を傾げ考えた。

「助けが来るのを待つか」

「助けは来ないわ」

「なんでだよ」

「静か過ぎる」

「・・・」

 改めて八雲も耳を澄ます。確かに、あまりに静かだ。真昼間なのに、何か日常が、というか時間が止まっているみたいに、音以前の人の動きが感じられなかった。

「打つ手なしか・・、あっ」

 その時、また小規模な揺れが起こった。その時、二人の足元の床がミシッと鳴った。二人は顔を見合わせる。二人は黙っていたが、同じ考えが頭をよぎったのが分かった。

「・・・」

「・・・」

 二人はしばし黙ったまま見つめ合った。

「もしもよ。もしも」

 しばしの沈黙の後、いつかが切り出した。

「う、うん」

 八雲も、おずおずと答える。

「もしも、私が、グラナダでこの床を突いたらどうなるかしら・・」

「・・・」

 八雲は床を見つめ、そして、またすぐにいつかを見た。いつかも八雲を見ている。

「・・・」

「・・・」

 二人は、同時にまた黙って床を見た。それは賭けだった。

「下手したら死ぬよな」

「どっちみちこのままだったら、飢え死によ」

「ああ」

「これしかないわ」

「ああ」

「・・・」

「・・・」

 そうは言ったものの二人は黙った。

「・・・」

「・・・」

 いつかがグラナダを手にした。二人は息を飲み、確認するように、もう一度見つめ合った。

「・・・」

「・・・」

「いい?」

 いつかが八雲を見る。

「あ、ああ」

 いつかがグラナダを床に突いた。

「わあああ」

 その瞬間、ものすごい勢いで床が崩れた。辺りは一瞬で粉塵に包まれ視界が消えた。


「いててて」

 まだ粉塵の舞う中、八雲は、下の階の床に尻もちをついて腰をさすっていた。

「大丈夫?」

 いつかは抜群の運動神経と筋肉で見事に着地していた。

「成功ね」

「うう、まあな」

 自分が痛んでいるのに、これで成功というのがどうも納得いかなかったが、脱出という意味では確かに成功だった。

「いててて」

 八雲は、全身の痛みを軋ませるようにゆっくりと立ち上がった。

「しかし、よく助かったな」

 八雲は自分たちが落ちてきた、天井を見上げた。そこには見事にぽっかりと大きな穴が空いていた。

「・・・」

 八雲は何とも言えない恐怖が背中にせり上がるのを感じた。

「終わりよければよ」

 そんな八雲を見て、いつかが軽く言った。

「まあ、な・・」

 気軽に言ういつかに、やはりこいつはただものではないと改めて八雲は思った。


「さて、これからどうするかだな」

 八雲が辺りを見回した。下の階は、完全に塞がれているわけではないようだった。

「よし、階段までは行けそうだな」

 八雲はそう言いながら、早速階段に向かって歩き始めた。

 しかし、八雲が数歩歩いたかどうかといったその時だった。また床がミシっと音を立てた。

「えっ?」

 その瞬間だった。八雲の周囲の床だけが突如抜けた。

「わああああ」

 八雲の目の前は真っ暗になった。

「八雲ぉ~」

 いつかの視界から八雲が一瞬で消えた。

「八雲~」

 八雲は更に下の階へと一人落ちた。いつかは慌てて、下の階を覗き込むが、激しい粉塵で全く状況が見えない。

「八雲ぉ~」

 いつかが大声で叫ぶが八雲からの返答はなかった。

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