第37話 暗闇

 二人は、成す術もなく、薄明りの差す瓦礫の中に座り込んでいた。

「俺は分からないんだ」

 八雲が、俯いたまま言った。

「何が?」

 いつかがそんな八雲を見る。

「どうして、壊れたはずの校舎も俺の部屋も元に戻っていたんだ?まるで何事もなかったみたいに・・」

「そんなの分かり切ったことじゃない」

「なんだよ」

 八雲はいつかを見た。

「忘れたの。あいつは宇宙そのものなのよ」

「う~ん」

 八雲は再び塵の積もった床を見つめ、考え込んだ。

「そんなことエメラルダスなら簡単なことでしょ」

「う~ん、そうなのか?」

 八雲にはそう言われてもピンとこなかった。

「エメラルダスなら朝飯まえだわ」

「だけど、どうして襲ってこなかったんだ?」

 再び八雲はいつかを見る。

「それは多分、想像以上に傷ついていたからだわ」

「八封陣」

「そう、エメラルダスにとって、第三の目を開くのは自滅的なことなのよ。エネルギーが巨大すぎて」

「なるほど・・」

 とは言ったものの、八雲は分かったような分からないような感じで、首を傾げていた。

「でも、その力で俺を消すことはできないのか」

「・・・」

「それだけの力があるのなら、俺なんか消すのは訳ないだろう」

 八雲はいつかを見る。

「・・・」

 いつかは黙っていた。

「なんだよ。なんで黙ってるんだよ」

「・・やっぱり・・、多分・・、」

「多分、なんだよ」

「多分・・」

「・・・」

「あなたは特別なのよ。何か・・」

 そこでいつかは言い淀んだ。

「・・・」

 八雲も黙った。八雲の中に、自分が漂っていた闇の感覚が一瞬よみがえった。


「俺は本当に悪魔なのかもしれない・・」

 沈黙をやぶり、八雲はいままでにない真剣な表情で言った。

「何言ってんのよ」

「何か・・」

「何か?」

 いつかが怪訝そうに、八雲の顔を覗き込む。

「何か、心の奥でものすごく広大な深い暗闇のようなものを感じるんだ。時々・・」

 八雲は絞り出すように言った。それはまだ誰にも言っていない八雲だけの秘密だった。

「・・・」

「エメラルダスは俺の奥を知っている・・」

「・・・」

「エメラルダスに見つめられた時、それを感じたんだ。エメラルダスの目の奥に、それを感じたんだ」

「・・・」

 いつかは黙っていた。

「もし・・」

「もし?」

「もし俺が、悪魔だったら・・」

「・・・」

「もし俺が悪魔だったら、お前が殺してくれ」

「何言ってるのよ」

 しかし、八雲は真剣な目で、いつかを見ていた。

「前にお前が言っただろ。もしかしたら、俺は悪魔かもしれないって。俺・・、時々感じるんだ。何か暗い、何か良く分からない邪悪なものを。自分の中に。深いところに感じるんだ」

「・・・」

「エメラルダスは俺の奥を知っている・・」

「・・・」

「もし俺が悪魔で、邪悪な存在で、この世から消さなければならい存在だとしたら、お前に、お前の手で、殺してほしいんだ」

「・・・」

 八雲はいつかを真剣な表情で見続けた。

「お前なら・・」

「分かったわ。殺してあげる」

 いつかも真剣な表情で八雲をしっかりと見つめた。

「ちゃんと殺してあげるわ。この手で」

「いつか」

「八雲」

 二人は見つめ合いゆっくりと、顔を近づけた。そして、二人の唇が重なった。

 八雲は胸の奥底の底の方に微かに淡い何かを感じていた。それはいつかに対してのものなのか、それよりももっと何か深い何かなのかは分からなかった。

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