第35話 閉じ込められた二人

 いつかは八雲をその場に静かに横に寝かせると、立ち上がった。そして、辺りを見回した。建物が崩れ、それによって廊下が塞がれ、いつかと八雲は、そこに完全に閉じ込められていた。外に出られそうなところは全くない。崩れた天井の上から光が薄っすらと入っていたため、完全な闇ではないことがせめてもの救いだった。

 いつかが暗い廊下を見て回る。

「・・・」

 純はいつの間にか消えていた。

 いつかは廊下の瓦礫で防がれているところまで歩いた。やはりそこはしっかりと瓦礫で塞がれている。人間一人がなんとかして何とかなる状態ではなかった。

「・・・」

 辺りは、不気味なほど静かだった。

 ふと見ると廊下の隅の方で、水道管が吹っ飛び、水が噴き出しているところがあった。いつかは、そこまで行くと、自分の着ている白いニットの左袖を切り裂いた。そしてそれを水に浸すと、力を籠め固く絞った。それを持って八雲の所へ戻ると、屈みこんで八雲の額の血をそっと拭いた。

「八雲・・」

 八雲は目をつぶったまま、意識はなかった。

「八雲・・・」

 八雲を見つめるいつかの目は涙で潤んでいた。

「・・・」

 しばらくいつかは、八雲の顔をやさしく拭きながら、八雲の顔を見つめていた。

「ううっ」

 八雲が呻いた。

「八雲っ、八雲っ」

 いつかが慌てて小さく声を掛ける。

「み、水・・」

 八雲がうわ言のように言った。

「水ね」

 いつかは直ぐに立ち上がり、また水が噴出しているところへ向かった。

「・・・」

 しかし、いつかの手に、その周囲にもコップは無かった。コップの代わりになりそうなものもなかった。手の平をお椀にして運ぼうと試みたが、すぐに水は指の間から、全て漏れ出てしまった。

「・・・」

 いつかは、しばらく考えてから、口に水を含むと再び八雲の下へ走った。

「・・・」

 八雲の下にたどり着くと、いつかは屈みこんで、顔をゆっくりと八雲に近づけていった。

「・・・」

 そのまま、いつかのかわいいピンク色の唇が八雲の口に触れる。

「うううっ」

 八雲が呻いた。

「・・・」

 いつかの口から、八雲の口へ水が流れていく。

「ううっ」

 八雲の喉が少しずつ動き、八雲が水を飲んでいるのが分かった。

「うううっ」

「八雲・・」

 いつかは、その小さい膝の上に八雲を抱えた。

「八雲・・」

 八雲の意識は戻らなかった。だが、水を飲み、少し落ち着いた様子だった。

「八雲・・」

 いつかは八雲を見つめた。

「・・たとえ、あなたが悪魔でも私が守ってあげる」

 いつかはそんな八雲を、覆いかぶさるようにきつく抱きしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る