第34話 再び始まる

「さあ、いくわよ」

 いつかの周りには、純に負けない凄まじい気が満ちていた。全くビビっていない、それどころか嬉しそうでさえある、気合に満ちたいつかに、八雲は改めて驚嘆するのと同時に頼もしさを感じた。

「相手は強大だわ」

 いつかは口元に笑みさえ浮かべている。

 純の輝くような美しい瞳が二人を静かに見つめていた。純の真っ白な薄絹のような長い髪がふわりと中空に舞うように大きく揺らめき、それをさらに全身の神々しい光が覆う。それは全く別次元の存在感だった。

 純が錫杖を、ゆっくりと上げる。強烈な閃光が走った。

「わあぁあー」

 再びあの強烈なエネルギーが放たれ、その威力に八雲が叫ぶ。

 しかし、いつかは負けていなかった。それを受け止め、さらにそれを上手くいなし、反らすと、護符を中空にばらまき、素早く呪文を唱え、それに精霊を宿すと、純に向かって反撃に出た。精霊はそれぞれが持っている様々な、力を純に向けた。それは風であったり、波動であったり、炎であったり、稲妻であったり、中には自身がエネルギーの塊となって、純に突進していった。

 純は目を閉じ、それらの攻撃に対し、静かに守りの結界を作った。精霊の攻撃が純の結界にぶつかる度、光に満ちた結界の複雑な文様が浮かび上がった。その精霊たちの攻撃は間断なく、次から次へと繰り出される。さすがの純も防戦一方だった。

「いける」

 いつかは口元に笑みを浮かべると、グラナダを持つ手に更に力を込めた。八雲はそんないつかを驚きの目で見た。以前は防戦一方だったのに、今回のいつかは積極手に攻撃に出る。やはり、なんてことない顔をしていたが、しばらく姿を見せなかった間に、人知れず修行し何かを掴んでいたのかもしれない。

 いつかは、何事か呪文をぶつぶつとつぶやくと、その先端に真っ赤な光りを帯び始めたグラナダとともに純に向かって突進していった。

「うああああぁぁぁ」

 凄まじい衝撃と共に、純の作る結界といつかの光るグラナダがぶつかった。

「うあああぁあ」

 二人のぶつかる凄まじい衝撃波が八雲を襲う。

 グラナダが、純の結界に少しずつ、氷の膜を溶かすように浸透していく。純の作る結界は強大だったが、いつかが、気迫で押しているようであった。

「勝てるのか・・」

 八雲は、凄まじい光に目が眩みながら、もしかしてと思わずにいられなかった。

 しかし、八雲がそう思ったのも束の間、純が目をカッと見開くように開けると、錫杖を横に思いっきり振った。すると、凄まじい光とエネルギー波が竜巻のように巻き起こった。

「うわぁあああ~」

 八雲はその強烈な波動に、耐えきれず長い廊下を後ろへ紙屑みたいに吹っ飛んで行った。精霊たちもそのエネルギー波にひとたまりもなく吹っ飛ばされ、一つまた一つと消えていった。

「いつか~」

 全てが収まると、八雲は上体を起こし、いつかを見た。いつかは、純の前に立っていた。

「やっぱり、半端ないわね」

 グラナダでなんとか純の攻撃を防ぎ、耐えたいつかは、激しく息をしながら、呟いた。 

 その時、純の姿が横に広がり、一人二人と増えて行った。そして、無数の純がいつかを囲んだ。

「しまったぁ」

 いつかがそう叫んだ瞬間、全ての純が寸分の狂いも無く錫杖を同時に掲げた。ものすごいエネルギーの電撃が四方八方からいつかに降り注いだ。

「ぎゃー」

 いつかは防ぐ間もなく、まともにそのエネルギー波を食らってしまった。

「いつかぁー」

 八雲が叫んだ。叫ぶと同時に素早く立ち上がり八雲は、いつかの下へ走った。

「いつかー」

 そして、八雲は後先考えずその勢いのまま七支刀を持って、そのエネルギーの乱舞する中に踊り込んだ。

「いつかー」

 八雲が叫ぶ。

「八雲ー」

 いつかが八雲を見た。

 その時、純の囲むエネルギーの渦の中に入った八雲の手に握られた赤く光る七支刀が、さらなる光を放った。

「な、なんだこれ」

 八雲が七支刀を見た。七支刀から放たれる光の帯の様な赤い光が、まるで嬉しそうにでもあるかように、エスメラルダスの放った光を全て、その自らの放つ光の中に食らうように吸い込んだ。

「うおおぉぉぉおお」 

 八雲の握る七支刀に凄まじいエネルギーが吸収されていく。それはそれだけで凄まじい衝撃だった。

 七支刀が純の放ったエネルギーを全て吸収し純の攻撃が止むと、傷ついたいつかは、ドサッとその場に倒れこんだ。

「いつかー」

 八雲が、傷つき倒れたたいつかを、素早く駆け寄ってその小さな体を抱き起こす。

 純は、力を失ったかの如く、また一人の純へと一つまた一つと融合していった。

「七支刀・・」

 再び一人に繋がった純が、抑揚の無い声で八雲の持つ七支刀を見つめ、呟いた。

「いつかー」

 八雲がいつかの顔の近くで叫ぶ。仰向けに抱き起されたいつかは、口から一筋の血を流し、薄っすらと目を開け、八雲を見た。

「いつかー」

 八雲は更に叫んだ。

「うるさいわね」

 そう言って、いつかは力なく笑った。

「いつか」

 いつもの口の減らないいつかを見て八雲は少し、安心した。

 と、思った瞬間、その時、八雲たちの真上の天井に亀裂が走ったかと思うと、ものすごい勢いで突然天井が崩れた。

「わあぁああ~」

 八雲は、とっさにいつかをかばって覆うように抱き締めた。

「うああぁぁぁ、うぅぅうう」

 八雲の上に天井の瓦礫が降り落ちる。それは土砂崩れのように、辺り一帯に凄まじく大量の瓦礫と粉塵をものすごい勢いで流れ落とした。辺りは一瞬で真っ暗になった。


「うううぅぅぅ」

 八雲は少しづつ顔を上げた。

「生きているのか・・」

 八雲には、今自分が生きているのかさえも分からなかった。

「・・・」

 しばらくたって粉塵が晴れると、抱き起しているいつかと八雲のお互いの顔が見えた。周囲はがれきの山で埋め尽くされていた。

「大丈夫か」

 八雲が、いつかを見る。

「う、うん」

 八雲の顔は、いつかの目の前にあった。

「私を守ってくれたの?」

 いつかが呟くように、八雲を見た。八雲が小さく頷く。

 しばらく、二人は間近でお互いを見つめ合っていた。いつかはなんだかドキドキしている自分に気づいた。

「八雲・・」

「いつか・・」

「あ、あ」

 その時、八雲の顔が、ゆっくりと下に下がりいつかに近づいてきた。

「バ、バカ、あ、ダメ」

 いつかは真っ赤になり、それでいて、抵抗もせず慌てた。

「だめよ、こんなとこで」

 いつかは目をつぶった。

「ダメよ」

 ドサッ

「?」

 そのまま八雲は、いつかの顔の横に崩れるように倒れ込んだ。

「八雲?八雲?」

 いつかが慌てて上体を起こし、八雲を見る。八雲の額からゆっくりと鮮血が流れ出て来た。

「八雲~」

 八雲はいつかの問いかけに答えることは無かった。

「やくも~」

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