第31話 壊れていく八雲

「はあ、はあ」

 八雲は他の学生が何ごとかと振り返るのも構わず、ものすごい勢いで大学中を走り回った。

「いた!」

 八雲は、抗議堂の中段右端の席に座り取り巻き連中と談笑している純を見つけると、そこに向かって、足早に歩み寄った。八雲の目はどこか尋常ではない狂気を帯びていた。

「エメラルダス。お前は何を考えてるんだ」

 八雲は、純たちの近くまで来ると純に向かって突然叫んだ。純とその取り巻きが驚いて、一斉に八雲を見る。

「エメラルダス。お前は何を企んでるんだ」

 八雲はさらに叫んだ。全員きょとんとして、八雲を見つめる。

「エメラルダスなんとか言え」

 八雲は純に向かってなおも叫ぶ。純はそんな八雲の剣幕に怯え、身を縮めた。それを見た周囲の取り巻きの男たちの表情が変わった。

「お前何なんだよ」

 その中の一人が、八雲の前に立った。

「エメラルダス。なんとか言え」

 しかし、八雲はその男を無視して純に向かって叫んだ。

「エメラルダス?お前何言ってんだ。頭おかしいんじゃねぇのか」

 男が八雲に怒りを露わにする。

「お前は何を企んでいるんだ」

 しかし、八雲は男を無視し、純をものすごい形相で睨みつけたまま尚も迫った。

「お前いい加減にしろよ」

 男は八雲の前に体をつけるように近づいた。その他の取り巻きの男たちも八雲を囲むように近づく。

「お前には関係ない」

 八雲は興奮してそのままその男の胸を押して、更に純に迫った。純は怯えた表情で身を後ろへ引いた。

「エメラルダス。なんとか言え」

 八雲は叫び続ける。

「なんだ。テメェ」

 押された男は怒り、八雲の胸倉を掴んだ。

「ほんとお前いい加減にしろよ」

 その他の取り巻き連中も、さらに八雲に詰め寄った。

「まあまあ」

 そこに、たまたま同じ講義だった泰造が間に入った。

「エメラルダス、お前は何を考えてるんだ」

 しかし、異常に興奮した八雲は泰造をも無視して純に向かって叫び続ける。

「お前が何を考えてるんだ」

 泰造が八雲の目の前に立って八雲に叫んだ。

「すみません。こいつ最近ノイローゼ気味で」

 泰造が笑顔で、純といきり立つその取り巻き連中に愛嬌よく頭を下げる。

「お前はエメラルダスだろ」

 しかし、なおも周囲の見えていない八雲は純に向かって叫び続ける。すでにそんな騒ぎの周囲には他の学生の人垣ができていた。

「お前は何を企んでるんだ」

「すいません。最近こいつほんとおかしくて」

 泰造が何とかこの場を収めようと、八雲を抑えながら愛想を振りまく。

「なんなんだよ。こいつ。純さんが怯えているじゃないか」

 取り巻きの男が叫ぶ。純は怯えた表情で状況を見守っていた。

「すみません。すみません」

 泰造がぺこぺこと愛嬌よく謝り、何とか収めようとする。

「エメラルダスなんとか言え」

 しかし、尚もしつこく八雲は一人興奮したまま、純に迫る。

「いい加減にしろ」

 泰造は遂に力任せに八雲をその場から引き離し、後ろに投げ飛ばした。

「・・・」

 吹っ飛ばされた八雲は、そこで初めて我に返ったように呆然と自分を見つめる人間たちを見上げ、ゆっくりと自分を確かめるみたいに見回した。

「お、俺は・・」

「お前何やってんだよ」

 泰造が八雲を見下ろし怒鳴った。

「・・・」

 八雲はそんな泰造を呆けたみたいに見つめていた。

「お前、本気でおかしいぞ。どうしちまったんだよ。いったい」

 泰造が今度は悲しそうに言った。

「・・・」

 八雲の目の前はグラグラと揺れていた。抗議堂にいた大勢の学生全員がそんな八雲を冷たく見下ろしていた。

「八雲」

 騒ぎを聞きつけ、やって来た茜が心配そうに八雲の傍で声を掛ける。 

「俺は・・」

 しかし、茜の声も届かず、壊れていく自分という現実が八雲を強烈に襲っていた。

「俺は・・」

 八雲の心は渦を巻くような感情と思いでぐちゃぐちゃになっていた。

  

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