第30話 壊れていく精神

 八雲はもう一度、旧校舎に走った。

「はあ、はあ」

 旧校舎の、あの最初に純に襲われた廊下に八雲は立った。やはりそこは何事もなかったみたいに、以前のままそれはそこにあった。

「はあ、はあ」

 八雲は、息も整わないまま、もう一度、壊れたはずのコンクリートの壁や窓ガラスを夢中で見つめた。

「確かに、確かにここで・・」

 八雲は脳裏に焼き付くように残る記憶を思い起こしながら、穴が開くほど、以前散々見て回った壁や天井をもう一度、何度も何度も見つめた。

「確かにあったはずなんだ」

 八雲は自分の中にふつふつと湧き出す不安を打ち消すように呟いた。

「確かに・・」

 八雲は、壁や天井を見つめ続けた。しかし、そこにはやはりなんの痕跡もなかった。それでも無駄と分かっていながら八雲は、その壁や天井を見つめずにはいられなかった。

「くそっ、確かに、確かにあの時」

 八雲の中に怒りが沸き上がる。

「くそっ、なんでないんだ」

 しかし、いくら見つめても、やはりそこには何もなかった。

「くそっ」

 八雲が膝に手をつき顔面をくしゃくしゃにして下を向いた。

「くそぅ」

 八雲は打ちひしがれ、顔を上げることができなかった。

「俺がやっぱり・・、おかしいのか・・」

 八雲はもう、何も考えられなかった。八雲はただ、無力にその場にうなだれた。


 ―――八雲が力なく顔を上げた時だった。

「あっ」

 廊下の先に純が立っていた。

「・・・」

 八雲は何度も瞬きをし、純を見つめた。

「・・・」

 それは確かに純だった。あの不思議な服を着て、スラリと無駄の無い、重さすらも感じさせない何かの安定した彫像のような立ち姿で美しくそこに立っていた。

「・・・」

 純は幻みたいに静かに八雲を見つめていた。改めてみる純は、光り輝き、その美しさと輝きを増しているようだった。

「襲ってこないのか」

 八雲は身を固くし、身構えた。しかし、純はただその場に立ち、八雲を静かに見つめているだけだった。

「・・・」

 八雲は純を見つめた。純のその美しく澄んだ目は、なんの他意もなく、ただただ純粋に八雲を見つめていた。

「あれっ?」

 八雲が頬に何を感じ、手で拭った。それは涙だった。八雲自身の涙だった。

「なんで泣いてんだ。俺・・」

 八雲は、手の甲に光る自分の涙の水滴を見つめた。

「な、なんだよこれ」

 八雲は次々溢れてくる涙を両方の手の甲で慌てて拭った。全く何の自覚も感覚もなく、自然と涙が流れ落ちていた。

「なんで俺、泣いてんだ?」

 何の感情も、何の感覚もなく、涙だけが八雲の頬を流れていた。八雲の精神は更に混乱していった。

「お、俺・・」

 はっと気づくと、純は八雲の前から消えていた。

「・・・」

 八雲は呆然と純の消えた廊下を見つめた。

「お、俺は・・」

 八雲は、目の前がグラグラと不安定に揺れていくのを感じた。

「俺は・・・」

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