第28話 新たに加わった疑惑

 それから何事もなく数日が過ぎた。いつかからはなんの連絡もないし姿も現さない。純は相変わらず襲ってくる気配もなく普通の女子大生だった。

「・・・」

 八雲は同じ講義堂の中で席に座っている純の横顔を見つめた。それは全く普通の少女であり大学生だった。その人間離れした美しさと、身に着けているアクセサリーや奇妙な服と、男子学生の取り巻きの多さを除けば。

「俺がおかしいのか・・」

 純のそのあまりに普通の少女としての横顔を見れば見るほど、八雲は真剣に不安になってきた。

「あれは・・俺の妄想だったのか・・?」

 しかし、八雲の頭の中にははっきりと、あの時の凄まじい記憶がありありと見えていた。

「・・・」

 八雲は純の横顔を見つめ続けた。純は、やはり取り巻きの男たちに囲まれ、悠然とその美しさを周囲に放っていた。


 長い講義が終わり、八雲が席から立ち上がって机の横の通路に出ようとした時だった。突然、誰かが八雲にぶつかってきて、そのまま八雲の方に倒れこんできた。八雲もその人を受け止める形で、そのまま倒れこんだ。

「いてててっ」

 八雲は思いっきり尻餅をついた。だが、その人はなぜかそのまま八雲の胸の中に身を預けるように倒れこんできた。八雲は、何がどうなったのか訳も分からず、その倒れこんできた人間を見た。

「あっ」

 それは純だった。純はそのまま八雲の胸の中に包まれるように身を預けてきた。純のその細く無駄のない華奢な体が八雲の体に包まれるように預けられる。どこまでも純白の澄んだ温かさが、純の体から八雲の体内に流れ込む。それは不思議な感触だった。今までに味わったことのない、人間としての感覚を超えたなんとも言えない感触だった。八雲は訳も分からず、無意識に純を抱きしめていた。

「・・・」

 それは、とても不自然なことのはずなのに、なぜか何かとても自然なことのように八雲は感じていた。

「きゃ~、何やってるのよ」

 いつものよく通るバカでかい声が講義堂一杯に響いた。茜だった。その瞬間、講義堂にいた大勢の学生の目が全て八雲と純の二人に集まった。二人は瞬時に離れ、そして純は直ぐに立ち上がると足早にその場を去った。そして、衆人環視の中に八雲だけが一人残された。

「何してんのよ~」

 茜の声に周囲の人間も集まってくる。

「今抱きしめてたわ」

「い、いや」

 八雲も自分がなぜ抱きしめてしまったのか訳が分からなかったが、しかし、それは事実だった。

「い、いや違うんだ。あっちがぶつかってきて・・」

「でも、抱きしめることないでしょ」

 全くその通りだった。八雲に言い訳の余地は無かった。

「お前羨ましすぎるぞ」

 泰造だった。

「だ、だからそんなんじゃねぇよ」

「いやらしいわ」

 茜が露骨に蔑むような眼でまだ床に倒れたままの八雲を見下ろす。

「だから違うって言ってるんだろ」

「どうかしら」

 茜の疑惑の視線はますます鋭くなっている。それに周囲の好奇の目も加わる。

「ほんとなんだ。向こうからぶつかってきて、それで向こうから俺に体を預けてきて・・」

「ほんとかしら。そんな都合よく女の子が倒れてくるの?」

「ほんとなんだ」

 八雲は必死に説明するが、完全に四面楚歌状態だった。その時、泰造が膝をつき、八雲に寄り添うと軽く肩をポンと叩いた。

「まあ、百歩譲って俺たちは信じたとしよう。しかし、純の親衛隊は絶対信じないぞ」

 そう言われて八雲が振り返ると、なんとも言えないどす黒い淀んだ複数の視線が八雲を見つめていた。

「うっ・・、なんだよあれ」

「だから、純の親衛隊だ」

「親衛隊って・・」

「これからは背中に気をつけろ。あいつらは本気で何するか分からんぞ」

 泰造がそう言って八雲の背中を叩いた。八雲が振り返ると、まだ純の親衛隊はものすごい形相で八雲を睨んでいた。その時、八雲は背中に何か薄ら寒いものを感じた。

「これから大変だな」

 泰造が他人事みたいに八雲の隣りでまた背中を叩く。八雲が顔を上げると、茜は尚も疑いの目で八雲を見下ろしていた。その隣りでハカセや静香までが、どこか疑わし気な目で八雲を見ている。

「・・・」

 八雲はその日から精神異常者プラス、セクハラ野郎という疑いも加わった。

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