第25話 戻った日常

「昨日鉄子山が光ったんだって]

「そうそう」

 静香が言うと、茜もその話にすぐに飛びついた。

「もう今朝の新聞にも出てたよ」

 ハカセが言った。

「お前見たか」

 泰造が八雲を見る。

「え?」

 見たかも何も、八雲はその中にいたのだ。

「すごかったらしいわよ」

 いつになく興奮気味の静香が言った。

 それはすごいだろうな。八雲は思った。あの時の凄まじい光景が脳裏に蘇る。轟々と渦巻くエネルギーの渦の中に、さらなるエネルギーとしてそこに光り輝く純が立っていた。

「おい、どうしたんだよ」

 ボケっとしている八雲を泰造がつつく。

「いや、なんでもない」

「お前やっぱなんかおかしいぞ」

「あ、ああ」

「そろそろ講義の時間だよ」

 その時、ハカセが二人に言った

 八雲たち五人は連れ立って、学食を後にした。


「結局、あの教授って長ったらしくしゃべる割には何が言いたいのか全く分からないのよね」

 茜が、廊下を歩きながら大声で愚痴をこぼす。

「ほんとね」

 横に並んで歩く静香もそれに同意する。よく見る五人のいつもの光景だった。

「・・・」

 八雲は一人、少し後ろから、そんな四人を眺めていた。

 あっという間に一日も終わろうとしていた。昨日のことがまるで嘘みたいに平穏な一日だった。あれは夢だったのではないかと、八雲は真剣に思いたくなっていた。

 その時だった。

「あっ」

 純だった。純が普通に八雲の前を横切って行く。八雲の全身に緊張が走る。

 しかし、純は純白のあの見たこともない素材の、今度は黄色い刺繍の入った服を着て、普通に構内をそのまま歩いていく。

「・・・」

 全く八雲になど関心も意識もないかのように。それ以前に何事もなかったみたいに―――。

「襲ってこないのか・・・?」

 八雲は愕然と純の歩き去る姿を眺めた。それは見まごうはずのない純そのものだった。独特の服といい、美しい銀髪、そして額にはめられたサークレット。それは紛れもないあの純だった。

「どうなってるんだ・・」

 八雲の頭の中は混乱と思考停止とで真っ白になっていた。

「おいおい、もう浮気か」

 泰造がそんな八雲の肩に右ひじを乗せて、その顔を覗き込む。

「そんなんじゃねぇよ」

「まあ、美人だからな」

「だから違うってぇの」

 何も分かっていない泰造をうっとうしく感じながら、八雲は純のもう遠く小さくなった背中を見つめた。

「どういうことなんだ・・」

 あれほど執拗に追ってきた純が、今はまた普通の大学生になっている。

「・・・」

 こんな時、いつかがいてくれたら・・。一緒にいると滅茶苦茶鬱陶しい奴だったが、でも今の自分を一番理解できる人間は彼女しかいなかった。

「なあ、おい、女に見惚れてないでもう帰ろうぜ」

 泰造が言った。

「あ、ああ」

 八雲がまだ心ここにあらずで、気のない返事をした時だった。

「あっ!」

 八雲は自分の部屋が無茶苦茶になっていることを思い出した。

「どうしたんだよ」

 泰造が八雲を覗き見る。

「なあ、今日お前んち泊めてくれないか」

 八雲が泰造に言った。

「うちは下宿だからな」

 泰造が珍しく渋い顔をした。

「ダメなのか」

「ああ、大家がうるさいんだ」

「男でもか」

「ああ、田舎で年寄りだからな」

「そうか・・」

「まあ、でも任せとけ。方法はある」

 泰造は八雲の困った顔を見て、すぐにそう言って笑った。なんだかんだいって泰造はこういう時はやはり頼りになる。八雲は思った。

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