第23話 七支刀
元の静寂に戻った山頂は、六角堂を中心に半分以上が跡形もなく吹っ飛んでいた。
その無残に砕け散った焼け跡に、呆然と八雲、いつか、老師の三人は立ち尽くしていた――。
「どんだけ、なんだ・・」
立ち尽くす八雲がやっと口を開き、呆然と呟いた。
「あんなことって・・」
いつかもその隣りで呆然と呟いた。
「第三の目を開くなんて」
いつかが続けて言った。
「第三の目?」
八雲がいつかを見る。
「宇宙の全てを見通せる光。あいつの額には第三の目があるの。でも、めったなことでは開かない。私も初めて見たわ。本当に凄まじいエネルギーだった」
「すごいなんてもんじゃなかったぞ」
「あれでも、まだ力を抑えているんだわ」
「なんで」
「力が強大過ぎて、本当の力を出したら、この地球そのものが吹っ飛んでしまうのよ」
「それはダメなのか」
「それは本意じゃないのよ。狙いはあなただけってことね」
いつかが八雲を見る。
「クッソ~、だからなんで俺なんだ」
八雲は頭を抱えた。
「っていうか。俺の姿は見えないって言ったよな」
八雲は直ぐに顔を上げていつかを見た。
「・・・」
いつかは黙っている。
「なんか最初から思いっきり見えてたぞ」
八雲がいつかに詰め寄るように言った。
「そう、何であなたが分かったのかしら。私も不思議だった」
いつかはそう言って、吹っ飛んだ六角堂の跡を点検して回った。
「やっぱり完璧だわ」
何度も確かめながらいつかが言った。
「おかしいわ」
いつかはしきりに首を傾げる。
「全てがおかしいよ。っていうか根本がおかしいんだ。なんで俺なんだ」
八雲は頭を抱える。八雲はまだそこにこだわっていた。
「全ては完璧だったわ。あり得ないくらい完璧だった。一ラウンド一発KOくらい完璧だった」
「じゃあ、なんで、結界も呪文も封陣も効かないんだよ」
「それは私が聞きたいくらいよ」
いつかが八雲を睨む。
「やっぱり、エメラルダスの力は強大なんだわ」
「あれはエメラルダスの力ではないのかもしれん」
その時、一人佇んでいた老師が二人の会話に割って入るように静かに言った。
「エスメラルダスの力ではない?」
八雲といつかが老師を見る。
「封陣は完璧だった。例え、エメラルダスの力をもってしても、あれを破ることはできなかったはずじゃ」
「じゃあ、なぜ・・」
いつかが老師に問いかける。
「分からん。――もっと大きな、何か違う力・・」
「違う力・・?」
「宇宙の法則すらも超える何かがあるのやもしれん」
老師は、壊れた六角堂の屋根の残骸の端から見える夜空の星々を見上げた。
「ついてきなさい」
そして、そう言って、唐突に老師は歩き出した。八雲といつかは一度顔を見合わせた後、訳が分からないまま、八雲といつかはその後ろに従いついて行った。
着いたのは、最初に入った大きな屋敷の奥にある小ぶりの建物だった。その中に入ると、そこには何か巨大な祭壇のようなものがあり、その前で薄暗がりの中、巨大な線香の煙が揺れていた。
「・・・」
八雲が辺りを見回していると、老師が奥から何かを持ってきた。
「これを持っていきなさい」
老師はそれを八雲の前に差し出した。
「?」
八雲が腰を曲げてそれを見る。
「これは七支刀じゃ」
それは真っ赤な小ぶりの剣だった。
「七支刀?」
八雲が訳も分からず、その剣をさらに見る。
「老師、いくら何でも七支刀を・・」
いつかが老師に抗議するように言った。だが老師はそんないつかを制して八雲を見た。
「君ならこれを扱えるやもしれん」
八雲はそれをゆっくりとためらいながら手に取った。
「なんか頼りない感じだけど・・」
剣は小ぶりで、木で出来ているみたいに軽く、とても強そうな武器には見えなかった。
「七支刀はとても霊力の高い剣なのよ」
いつかが言った。
「ふ~ん」
そう言われても八雲にはそのすごさが全く分からない。
「君には何か秘められたものがある気がするのじゃ」
老師が言った。
「なんにも無い気がするけどなぁ・・」
八雲は自ら首を傾げる。自分の人生の中で他人よりも秀でたものなど皆無だった。むしろ劣っていることの方が多いくらいだった。
「この剣は必ず君の助けになるはずじゃ」
「はあ・・」
返事をしたものの、八雲は半信半疑だった。
「老師はこれからどうされるのですか」
いつかが老師に訊いた。
「わしはもう少し、おばばと色々と探ってみる」
「はい」
いつかと八雲の二人は、老師の下を去って山を下りた。
「これからどうするんだよ」
山を下り、住宅がちらほらと見え始めたところまで来た時、八雲がいつかを見た。
「ここでお別れだわ。私はちょっと、調べたいことがあるの」
「君は僕を守ってくれるんだろ」
「ちょっと、気になることがあるのよ」
「俺一人でどうしろっていうんだ」
「エメラルダスはかなり消耗しているはず。だからしばらくは大丈夫よ」
「お前はいつもそうやって、すぐ大丈夫大丈夫って言うけど、大丈夫だった試しがないじゃないか」
「大丈夫、いつも近くにいるわ」
だが、いつかは軽くそう言って、住宅街の闇の向こうへと消えて行った。
「お、おい」
八雲が叫ぶがもういつかの姿はそこにはなかった。
「・・・」
気づけば辺りはもう薄らと明るくなり始めていた。小鳥たちが、八雲が味わった大惨事など全くなかったかなのように、朝の清々しさの中で軽快に鳴いていた。
「ふぅ~」
その時、初めて自分が疲れ果てていることに気付いた八雲は、その場に座り込んだ。そして、白々とし始めた山の向こうを見つめた。体は鉛のように重かった。
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