第21話 八封陣
老師といつかは、六角堂の中から周囲に至るまで、様々な呪文を巡らし、法具と護符を並べていった。
六角堂の内側にも様々な、呪文と魔法陣が描かれた。しかし、それは時間が経つとともに薄れ消えていった。
「いいのか?」
八雲がいつかに訊いた。
「いいのよ。これは罠なんだから」
「なるほど」
「さっ、座って」
いつかは六角堂の中央に置かれた座布団を指示した。八雲は言われた通り、様々に模様が刺繍された妙に豪華な座布団の上に座った。
「とりあえずここにいれば安心だわ」
「ほんとに大丈夫なのか」
「ここには結界が張ってある」
「結界?」
「そう、そして、殺意のある者は決してあなたの姿を見ることができない。あなたの存在を感じることすらできないわ。あなたが動かなければ」
「なんかほんとに耳無し芳一みたいだな」
「でも、あなたの残存気配は残っているから、奴は必ず現れる」
「やっぱ来るのか」
「でも、ここに来たら最後、奴は八封陣によって封じ込められる」
「俺はゴキブリホイホイの餌なわけね」
「まっ、そんなところね」
「はっきり言うなぁ・・」
八雲は少し落ち込む。
「じゃあ、私たちは出て行くわ」
「俺は絶対に見えないんだな」
八雲はいつかに念を押した。
「絶対見えないわ」
「絶対だな」
「絶対よ」
いつかは自信満々に言い切った。
「大丈夫。大丈夫」
六角堂に一人残された八雲は、必死で自分に言い聞かせていた。
「大丈夫。大丈夫」
時刻は深夜に差し掛かっていた。辺りは全ての生命の活動が止まってしまったみたいに静まり返っていた。
「大丈夫、大丈夫。エメラルダスは俺が見えない。六角堂を彷徨う。いつかが八封陣を起動する。エメラルダスは封じ込められる。全て解決。俺はハッピー。終わり。だ」
「大丈夫。大丈夫」
そう言って、自分を励ます八雲だったが、その心細さは最頂点に達しようとしていた。
「くそ~、やっぱこええよ」
ついに堪らず弱音を吐く八雲だった。
その時だった。どこからともなく一陣の冷たい風が吹いた。
「来た」
八雲にはなぜかその時、瞬時に分かった。八雲の全身に緊張が走る。
「・・・」
八雲が正面の入り口を見る。
入口の観音扉がゆったりとした風と共に大きく開いた。その中央に純が光の帯と共に立っていた。
「やっぱり来た」
八雲は怯える。
「見えないはず、見えないはず」
八雲はそう自分に言い聞かせ、目を閉じた。
「大丈夫。大丈夫」
しかし、八雲は純の視線が自分を捉えているように思えて仕方がない。
「見えてない。見えてない」
八雲は頭の中で呪文のように繰り返した。
「見えてない。見えてない」
必死でそう自分に言い聞かせる八雲だったが、しかし、どうしても純の視線が自分を捉えているように思えて仕方がない。八雲は気になり薄っすら目を開けた。その時、ゆっくりと六角堂の入口から歩いてくる純と目が合った。八雲は慌てて、目を閉じた。
「今のは気のせいだ」
八雲は再び、今度はさらに固く目を瞑った。
「見えてない。見えてない」
八雲は再び自分に言い聞かせた。なおも純はゆっくりと、六角堂の中に入って来る。八雲は気配でそれが分かった。
「見えてない。見えてない」
しかし、八雲はやはりどうしても純が自分を見ているような気がして、再び薄っすら目を開けた。すると、開けた瞬間、また、純と目が合った。純の視線はどう見ても、しっかりと八雲を捉えている。
「気のせいだ。気のせいだ。見えてない。見えてない」
八雲は再び、目を固く瞑って念仏の如く、繰り返し自分に言い聞かせた。
「いつかが絶対大丈夫って言ってたじゃないか」
八雲は、いつかを信じた。
「見えてない。見えてない」
だが、なんだか、嫌な予感がして、八雲は再び目を開けた。八雲の前に不思議な模様の描かれたスカートの裾と、そこからのぞくきれいな純白の足が見えた。八雲が恐る恐るそれを見上げると、八雲を静かに見下ろしている純がいた。
「うわぁ、やっぱり見えてる」
八雲は慌てて逃げ出した。その背後で純が呪文を唱え始める。
「うわっ」
逃げ始めてすぐ、八雲は慌て過ぎて何かに躓きコケた。そのコケた頭上を、丁度純の放つ光が掠めていく。コケたことが幸いして八雲は助かった。しかし、ほっとする間もなく、八雲はさらに慌てて倒れたまま四つん這いで逃げた。
しかし、八雲は、すぐに狭い六角堂の片隅に追い詰められた。純がゆっくりと、そんな八雲に近づいて来る。
「見えないんじゃなかったのかよ。話が違うじゃねぇか・・」
六角堂の壁を背に、八雲が力なく呟いた。だが、純は八雲の前に立ち止まり、錫杖を持ち上げ、呪文を唱えだした。錫杖の先に光りのエネルギーが集まり始める。
「うううっ」
八雲は目を閉じた。その時だった。
バァ~ン
いつかがグラナダ片手に六角堂の扉を突き破って入って来た。そして、素早く右手で印を結ぶと、目を瞑り呪文を唱えだした。
「すべての神々よ。われとわがこの方陣に力と根拠とをお与えください」
すると六角堂全体が光り輝き、そこに埋め込まれていた複雑多岐な呪文が、魔法陣と共に光り、浮かび上がった。
それと同時に、強力な力が、八雲の目の前で錫杖を振り上げた純を捉えた。
「やった」
八雲が叫んだ。凄まじいエネルギーの渦と、光が純の全身を覆っていく。八雲はそんな強烈なエネルギー波と光に、両腕で顔を覆いながら、目の前のその光景を見つめた。
「やったわ」
いつかも手ごたえを感じ、叫んだ。
ものすごい強烈なエネルギーが、純を魔法陣の中に引き込んでいく。
「やった」
八雲はもう一度叫んだ。
しかし、凄まじい光とエネルギーの渦に捕らわれながらも、純はその場に静かに立ったまま微動だにすることもなく、その目は穏やかに目の前の八雲を見つめていた。
「・・・」
そんな純の何とも言えない眼差しに、八雲は、また、以前感じたあの複雑な感情を思い出した。
「なんでそんな目で俺を見るんだ・・」
八雲は一人呟いた。
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