第20話 悪魔
「はい、おばばさま特性の肉まんよ」
いつかが、いつかの顔ほどもある、特大の肉まんが山盛りに盛られた大皿を持って、再び六角堂に入って来た。
「また食うのかよ」
「当たり前でしょ」
いつかはもうすでに巨大な肉まんを一つ口にくわえている。
「お腹が減ってるから、元気が出ないのよ」
いつかは満足そうにホカホカのその特大肉まんを頬張る。
「いや、思いっきり違うと思うけど・・」
いつかは床に座り込んでいる八雲と同じようにその前に座ると、肉まんの乗った大皿を二人の間に置いた。
「いいものってこれかよ」
八雲が肉まんの大皿を見る。
「そうよ」
「・・・、なんでお前の価値観の延長で俺を見てるんだよ・・」
八雲はげんなりしながらも、その特大の肉まんを、大皿から一つ手に取って、それを頬張った。
「これを食べたら、あんたも元気が出るわよ」
「だから、お前と一緒にすんなよ」
「おばば様が、皮からあんまで全部手作りの特性肉まんよ。おいしいでしょ?」
「うん、まあ、おいしいけど・・」
肉まんは確かにおいしかった。皮からして普段食べているものとは違って柔らかくふかふかで深い甘みがあり、中の肉あんも肉汁が溢れ、たくさんの野菜やタケノコ、キノコと具がたっぷりと入り、うま味の深さが普段食べている市販のものとは格段に違っていた。
「ところで、さっき言ってた、純が宇宙そのものって一体どういうことなんだよ」
八雲がいつかを見た。
「アミダーバ」
「アミダーバ?」
「アミダーバ。宇宙の光」
「宇宙の光?」
「宇宙の番人」
「宇宙の番人?」
八雲にはいつかが何を言っているのかまったく分からない。
「姿は違っても、存在としての名前がエメラルダスなの」
「何言ってんのか全然分かんねぇよ」
「要するに、宇宙のエネルギーそのものってことよ」
「なんでそんな大層な宇宙の番人が、俺をそんなに執拗に殺しに来るんだよ」
「知らないわよ。それはエメラルダスに聞いてよ」
「訊けるか」
「・・・」
そこでいつかが、何かに気付いたように怪訝な顔をして八雲を見た。
「なんだよ」
「もしかしたら・・」
「もしかしたら?」
「もしかしたら・・」
いつかはその大きくて形の整った美しい瞳で、八雲をまじまじと見た。
「な、なんだよ」
いつかの端正な顔が、少しずつ近づき八雲の顔を覗き見る。あまりの近さに八雲は少しどぎまぎした。
「もしかしたら、あなたは悪魔なのかもしれない」
「悪魔!」
八雲が素っ頓狂な声を出した。
「もしくは、何か強烈な悪魔が中に宿っているか、その生まれ変わり」
「な、なんだよ。悪魔って」
いつかは、いつになく八雲を真剣な目で見つめる。
「お、おい、なんだよ。やめろよ」
「そうじゃないと説明できない・・」
「お、俺が悪魔・・」
八雲は突然のことに動揺する。
「エメラルダスがあんなに執拗に狙うなんて・・。最初、純の方が悪魔だと思っていた。でも・・」
「やめろよ」
「でも・・」
いつかが何か疑わし気な目で八雲を見つめる。
「やめろよ。そんな目で見るなよ」
「そう考えれば全てが、理解できる」
いつかは八雲を見つめ続ける。
「私は、何か大きな勘違いをしていたのかもしれない・・」
いつかが、視線を落とした。
「や、やめろよ」
「私は悪魔の方を守っている」
いつかが、再び八雲を見た。
「やめろよ」
八雲は真剣に怒った。
「・・・」
「・・・」
しばらく、二人はお互いを黙って見つめた。
「冗談よ」
沈黙を破って、いつかが笑った。
「なんだよ」
八雲も大きく息を吐く。しかし、冗談と言ったいつかの、その目の奥はまだ真剣そのものだった。
「さあ、八封陣の準備にかかろうかの。いつか」
そこへ、老師が六角堂の大きな観音開きの扉を開けて、陽気に入って来た。
「はい、老師様」
いつかは、元気よく立ち上がる。そして、そのまま老師の方へと行ってしまった。
「俺が・・、悪魔・・」
一人残された八雲は、いつかの言った言葉を一人反芻していた。八雲の中にあの夢の中の暗い暗黒の世界が浮かぶ。
「悪魔・・」
八雲は、持っていた食べかけの特大肉まんを落としそうになっていた。
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