第19話 裸

 ほどなくして八雲たちは六角堂に辿り着いた。他の建物同様赤い、その名の通り六角形をした、中は畳十畳ほどの広さのお堂だった。

「服を脱いで」

「は?」

 いつかが六角堂に入るや否や八雲に言った。

「いいから脱いで」

「お、お前・・」

 八雲が、ちょっと引き気味な目でいつかを見る。

「バ、バカ。何勘違いしてんのよ。呪文を書くの」

 いつかが顔を真っ赤にして言った。

「呪文?」

「あなたを守るための呪文よ」

「俺を守るための呪文?」

「そう」

 いつかは力強く頷いた。


「脱いだぞ」

 八雲がトランクス一丁になって、胸を隠すような格好で言った。男といえど、やはり、いきなり裸は恥ずかしい。

「それもよ」

 しかし、いつかは、容赦なく、八雲のトランクスを指さした。

「はあ!」

 八雲は思わず叫んだ。

「マジか」

「マジよ」

 いつかの目はマジだった。

「・・・」

 八雲はいつかに背を向け、戸惑い気味にゆっくりとトランクスを脱いだ。

 八雲が全身裸になり、所在なげに股間を抑え立っていると、いつかは様々な法具やら何やらが乗った台の前で小さな赤い剣を持ち、それを胸の前に立てると、何やらぶつぶつと呪文を唱え始めた。そして、剣を持つ別の手で巨大な線香を手に持ち、巨大なろうそくの炎でそれに火をつけると、それを台の真ん中に置かれた線香台に突き刺し、台の上に並ぶ様々な法具に剣を向けた。そして、剣を持っていない方の手で印を結ぶと、眉間に皺を寄せ力を込めてさらに呪文をぶつぶつ唱え始めた。すると、線香台の隣りに置かれていたもち米の入った椀の中のコメが踊るように揺れ始め、噴水のように飛び出し始めた。と思った瞬間、テーブルの上になぜか乗っていた鶏の首を、いつかは持っていた剣で真一文字に切り落とした。

「わあっ、何すんだよ」

 そんな八雲の叫びにも全く動じることなく、いつかは、首を無くしても全く首がなくなったことに気づいていないみたいに、ひょこひょこと歩いている鶏の首をはっしと掴むと、その切り口を下にして、そこから流れ出す生き血を、小皿のような真っ白の器に落とした。そこにさらに、別の器に入っていた墨汁を、その生き血の中に流し入れ、また何事か呪文を唱えた。そして最後に、巨大なろうそくの火で、剣の先につけたお札を燃やすと、それを火ごと血と墨汁の入った器に落とした。すると、ボッと一瞬小さな爆発が起こったみたいに炎が上がって、すぐに消えた。

「さあ、いいわ」

 何がいいのか全く分からない八雲に、いつかはその鶏の生き血入りの墨汁と筆を持って歩み寄った。


「動かないでよ」

 いつかが筆を取って、座る八雲の背後に回り、背中から呪文を書き始める。

「うわっ、くすぐったい」

 八雲は思わずのけぞる。

「もう動かないで、ちゃんと書けないでしょ」

 いつかが怒る。

「無茶言うな。わっ」

「もう、動かないでって」

 そう言われても、ひんやりした鶏の生き血入りの墨汁に、筆先のこそばゆさが剥き出しの八雲の肌を強烈に刺激する。

「ぐわぁ~」

 八雲にとってこれは拷問に近かった。

「もう、何、感じてんのよ」

「俺は敏感肌なんだ」

 八雲が叫んだ。

「もう笑わせないで。手元が狂うわ」

 それでも、いつかは懸命に集中し、真剣な表情で複雑で細かな呪文を八雲の体中に書いていった。

「さあ、できたわ」  

 八雲にとって痺れるような長い時間が流れた後、いつかが晴れ晴れとした表情で顔を上げた。八雲の体には耳なし芳一よろしく、隙間なく呪文がびっしりと書き込まれていた。

「尻の穴まで見られちまったよ」

 満足気ないつかの前で、八雲は一人ぶつぶつと言っている。

「何ぶつぶつ言ってるのよ。これで命が助かると思えば安いもんでしょ」

「死ぬより恥ずかしかったよ」

 しかし、八雲はふてくされたまま座り込んでいる。

「まったくしょうがないわね」

 いつかは腕を組んで、そんな一人ふてくされる八雲を見下ろした。

「よしっ、じゃあ、いいもの持ってきてあげるわ」

 いつかはそう言うと、一人軽快な足取りで六角堂から出て行った。

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