第18話 エメラルダス
先に入ったいつかに遅れて八雲が部屋に入ると、何やら机の上で老師が険しい表情で何かをじっと見つめている。
「何を見てんの」
八雲がいつかに訊いた。
「星の動きよ。静かに」
老師はじっと、水に浮かべた星座軸の刻まれた盤の動きを真剣な表情で見つめ続けている。盤は何も触れていないにも関わらず水の上をものすごい速さでクルクルと回転していた。
「ダメじゃ」
老師が盤から目を離した。
「わしにも全く見えん」
老師が目を離すのと同時に、隣りの卓で、おばばもじっと見つめていた水晶玉から目を離した。
「あまりに複雑で深遠な因果じゃ」
おばばはため息交じりに言った。
「おばば様にも見えないなんて」
いつかが驚きながら言った。
「?」
しかし、八雲には、何が分からないのかが分からない。
「もしかしたら・・」
老師が呟くように言った。
「もしかしたら?」
いつかが真剣な表情で老師の顔を覗き込む。
「この宇宙の因果ではないのかもしれん」
「この宇宙の因果ではない?」
いつかが驚いて、改めて老師を見つめる。
「そうじゃ」
「この宇宙以外に宇宙があるということですか」
「分からん。が、しかし・・」
「そんことが・・」
いつかは信じられないといった表情で茫然と呟く。
「??」
八雲には、やはり、二人の話していることが全く理解できない。
「というかあいつは何者なの?」
八雲が老師に尋ねた。
「エメラルダス」
「エメラルダス!」
いつかが素っ頓狂な声を張り上げた。
「まさかエメラルダスだなんて」
あの滅多に動じない、いつかが動揺している。
「あいつはそんなにすごいのかよ」
八雲がいつかに訊いた。
「すごいなんてもんじゃないわ」
「君でも勝てないのか」
「勝てないかですかって?」
いつかは八雲をキッと睨みつけた。
「エメラルダスは宇宙そのものなのよ」
「う、宇宙!」
宇宙と聞いてさすがに八雲も驚いた。
「う、宇宙って、そんな大げさな」
八雲がおどけるが、しかし、いつかは心なしか震えていた。
「大袈裟なもんですか」
いつかの顔は真剣そのものだった。さすがに、八雲もそれ以上冗談は言えなかった。
「じゃあ、俺は殺されるしかないのか」
「そうなるわね」
「おい」
しかし、いつかの目は真剣だった。
「その真の姿を見たものはみな死ぬ・・」
いつかが呟くように言った。そこには絶望感が滲んでいた。
「何か手はないのかよ」
さすがに八雲は焦った。
「それを今考えているんでしょ」
いつかは苛立たしげに言い返す。
「さて、エメラルダスはここへもやって来るやもしれん」
老師は落ち着いて、二人の会話に割って入るように言った。
「絶対来るわ」
いつかが言った。
「封陣を張ろうかの」
「封陣?」
八雲がなんのことか分からず首を傾げた。
「あなたを守るための結界よ」
「うまくいけば、あやつを封じ込められるやもしれん」
老師が言った。
「そんなことが出来るの?」
八雲が、驚いて老師を見た。
「うむ、あやつが宇宙そのものならば、その宇宙の力によって封じ込めてしまえばよい」
「八封陣ですね」
いつかが、その手があったかと、表情を明るくした。
「そうじゃ。己の強大なエネルギーによって封じ込められるのじゃ。自らの重さでブラックホールになってしまう巨大な星のように」
「すごい。そんな必殺技があったのか」
八雲は、急にこの小柄な老人がすごい人に思えてきた。
「すごい人じゃないか」
八雲は喜色満面にいつかを見た。
「やっと分かった?」
いつかが八雲に言った。
「うん、確かにすごい人だ」
「げんきんね」
いつかが呆れて言った。
山の上は、地上とは別世界の満天の星に彩られた広大な夜空が広がっていた。いつかと八雲は、その下を八封陣を敷くために六角堂へと歩いていた。六角堂は、老師とおばば様がいた本殿からは離れたところにあった。
「どうしたのよ」
いつかが、何やら考え込んでいる八雲を見て言った。八雲はいつか邸での純のあの悲し気な目が、なぜか強く気になっていた。
「あれはなんだったんだ・・」
確かに純は泣いていた・・。
「何言っているのよ」
いつかが八雲の顔を覗き込む。
「いやなんでもない。行こう」
あれは何かの勘違いなのだろう。しかし、そう思う一方で八雲は、八方陣で純を封じ込めてしまうことにどこか躊躇を感じていた。それは純の美しさにあるのか、もっと深い何かを感じているからなのかは、八雲自身分からなかった。
辺りは完全な闇、灯りも乏しい静かな暗闇だった。二人は広大な敷地を六角堂に向けて歩いていく。
「あんな美人だったら殺されてもいいんじゃない」
いつかがふいに冗談ぽく言った。
「・・・」
しかし、八雲の反応は鈍い。
「何考え込んでるのよ。まさか本当に好きになったとかいうんじゃないでしょうね」
「ち、違うよ」
八雲は慌てて否定した。
「・・・」
しかし、再び八雲は一人深く考え込んでいった。そんな八雲をいつかは訝しく見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。