第16話 第三の場所

「た、助かったのか・・」

 気が付いた八雲は辺りを見回した。いつか邸の屋敷の中にいたはずなのに、八雲は青空の下にいた。

「あっ」

 八雲がふと周囲を見ると、八雲を囲む四方に、ピンク色の光を帯びた少女が四人、両手を広げ立っていた。そして、その四人が発する何か薄い光の膜のようなものが、八雲とその隣にいたいつかを守っていた。

「こ、これは」

「地霊よ」

「地霊?」

「前に悪さしたから、私が倒して味方にしたの」

 いつかは、ちょっと得意げに言った。八雲は改めてその地霊の少女たちを見つめる。確かに、その姿は人間に近かったが人間ではなかった。その体は透明で光を帯びていた。

「もういいわ。ありがとう」

 そういつかが言うと、地霊の少女たちは、ふわっと浮き上がるように舞い上がり、八雲に軽く微笑み手を振ると、風に溶けるように消えていった。

 地霊の薄い光の膜が消えると、そこには膨大な瓦礫の山が広がっていた。

「・・・」

 八雲はそのいつか邸の広大な敷地に広がる無残な光景を茫然と眺めた。純は消えていた。

「あいつはどこへ行ったんだ?」

 八雲が呟く。

「さあ、エネルギーを使い果たしたのよ。強大な魔術ですもの」

「そうなのか・・」

 そう言われても、八雲にはピンとこなかった。

「さっ、行きましょ」

 いつかが言った。

「あ、ああ」

 八雲は、あまりに非現実的なことの連続に、なんだかまだ夢を見ているような心地でいた。

「ああ!」

 その時、突然いつかが叫んだ。

「どうしたんだよ」

 突然叫ぶいつかを、慌てて八雲は見た。

「せっかくお風呂入ったのに」

 いつかの全身は泥と埃りまみれになっていた。

「こんな時に、汚れなんてどうでもいいだろう」

「ほんとやんなっちゃう」

 いつかは怒り心頭に一人叫んだ。

「・・・」

 八雲は、改めていつかのマイペースな性格に呆れた。

「これからどうするんだ?もう行くとこないぞ」

「玄幽老師の所へ行きましょう」

「玄幽老師?」

「私の師匠よ」

「師匠?」

「さあっ」

 いつかが八雲の手を取って引っ張った。その瞬間。別に手を取る必要はもう無いと気付いたいつかは、思いっきり八雲の手を払いのけるように離した。

「何よ」

「何よって、なんだよ。そっちが勝手に握って来たんだろ」

「ほんとに変態なんだから。油断も隙もありゃしない」

「お、おまえが・・」

 八雲が抗議しても、いつかは全く聞く耳を持たず、そのまま怒って行ってしまう。

「お前が握って来たんだぞ」

 八雲はいつかを追いかけながら、抗議する。

「今はね、こんなかわいい女子高生と一緒に歩くだけで、お金がかかる時代なのよ」

 いつかが八雲を振り返り睨んだ。

「だから、お前が」

「まったく、信じられないわ」

「信じられないのはこっちだよ」

 八雲が怒り心頭に叫ぶ。が、いつかは無視してずんずん行ってしまう。

「ほんとに変態なんだから」

 いつかはぶつぶつ言っている。

「あ、あのなぁ」

 と、いきなりいつかが振り返った。

「なんだよ」

「早くしなさいよ」 

「ったく、なんなんだよ。年下のくせに偉そうに」

 しかし、八雲は不貞腐れながらもいつかの後を追った。


「ふぅ~、ふぅ~、おい、どんだけ上るんだよ」

二人は郊外の鉄子山を上っていた。

「もう少しよ」

 いつかは息一つ乱れていない。

「はあ、はあ、もう、足がパンパンだよ」

 二人はさんざん山道を上った後、もう気も遠くなるような、長く急な階段を小一時間程も上っていた。

「ほんと情けない男ね」

 いつかはどんどん先へ行ってしまう。

「あいつほんと化け物だな」

 純との戦いも含め、やはりいつかの体力は尋常ではない。

「あいつまじめにスポーツとかすれば、オリンピックとか簡単に出れるんじゃないのか」

 八雲は真剣に思った。

「っていうかいいのかよ。家壊れちまったぞ」

 八雲が上で待っていたいつかに追いつくと話しかけた。

「また建てたらいいでしょ」

 いつかは全く気にする風もなく、なんてことないみたいにさらっと言った。

「・・・、こ、こいつは・・・」

 いつかは精神も尋常じゃない。八雲は再びスタスタと軽快に階段を上って行くいつかを、改めて見つめた。


「あっ」

 山の頂に辿り着くと、突然目の前の視界が開け、そこに真っ赤な建物群が広がっていた。

「鉄子山の頂上にこんなのがあったのか」

 八雲が目を剥いて驚いた。

「でも、前に上った時にはなかったような・・」

 八雲は首を傾げる。

 頂上のそこだけ開けた敷地には、数々の巨大な神社のようなお寺のような、中国の古い宮廷のミニチュア版のような建物が、山の起伏に合わせてきれいに立ち並んでいた。

 まず二人は、その建物群の入り口に立つ、バカでかい巨大で真っ赤な不思議な形の鳥居をくぐった。

「うおぉ」

八雲はくぐりながらそれを見上げた。それは思わず声を出してしまうほどバカデカく、そして高かった。

「絶対こんなのなかったよな」

 やはり八雲は首を傾げ、呟いた。

「ここは普通の人には辿り着けないようになっているの」

 いつかが言った。

「そうなのか」

 八雲は改めてその異様な、薄靄に包まれた真っ赤な建物群を見回した。

 そこは建物の規模のわりに人の気配は全く無く、静まり返っていた。それでいて、不思議ときれいに全てが掃除され整っていた。

「ここは・・、一体・・」

 八雲が呟いた・・。

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