第15話 再びの襲撃

 食堂の天井にぶら下がっているバカでかい豪華なシャンデリアが、ものすごい勢いで揺れている。

「正面から来るなんて」

 いつかもさすがに驚いた表情をしている。

「大丈夫って言ったじゃないか」

「玄関は一番強烈な結界を張っているのよ」

「何者なんだよ。あいつは」

「だから知らないわよ。ただ尋常な奴じゃないわ」

 いつになく真剣な表情でいつかは言った。

「お嬢様」

 老執事が心配そうに食堂に入って来た。

「じい、全員を地下シェルターへ」

「か、かしこまりました」

「さっ」

 いつかは八雲を促し、走り出した。

「地下シェルターがあるのか・・、この家には・・・、っていうか、なんでそんな恰好なんだよ」

 八雲はテーブルをはさんで平行し走るいつかを見て叫んだ。

「しょうがないでしょ。お風呂に入ってたんだから」

 いつかが叫び返す。

「それにしたって油断し過ぎだろ」

「今回はちょっと、相手が悪過ぎるのよ」

 絶対に非を認めないいつかであった。

 二人は食堂を出ると、屋敷の奥へと長い廊下を走った。

「ちょっと、時間稼いでて」

 屋敷の奥の長い廊下の途中にある部屋の扉の前まで来ると、突然いつかが言った。

「な、お、俺が狙われてるんだぞ」

「私が服を着る間だけよ。じゃ、頑張って」

 そう言って、いつかは笑顔で軽く手を振ると、戸惑う八雲を置いて、その部屋の中に消えた。

「が、がんばってって、お、おい・・」

 廊下に残された八雲は呆然と立ち尽くした。しかし、はたと我に返ると、何か武器になりそうなものはないか辺りを見回した。

「おっ」

 そこに、掃除の途中だったのだろう。一本の箒が立てかけてあった。八雲はそれを手に取って構えた。

 八雲はさっき自分が走って来た廊下の向こうを、緊張しながら見つめた。さっきの轟音が嘘のように廊下は静まり返っている。

「・・・」

 しかし、逆にその静けさが不気味だった。人の気配は全くない。純のあの強烈なオーラも全く感じない。

「いつか、早くしてくれ・・」

 八雲は箒を力いっぱい握り、廊下の向こうを見つめ続けた。

「来た」

 八雲は廊下の向こうで、尋常じゃない純のオーラを感じた。

「ゴクッ」

 八雲が息を飲む。

 長い廊下の奥から、やはり色の見えるほどの凄まじいオーラが漂って来た。

「・・・」

 八雲の全身に緊張が走り、箒を持つ手に力が入る。

 純の姿が色の付いた霧のように漂うオーラと共に、廊下の向こうに現れた。そして、そのままゆっくりと流れるように八雲の方へ近づいてくる。

 八雲は箒を持つ手にさらに力を籠め、恐怖と緊張を感じながら純を睨むように見つめた。

 純は数メートル先まで来ると、突然立ち止まり、黙ってその大きな光り輝く瞳で八雲を見つめた。

「・・・」

 純はやはり美しかった。ありとあらゆる全ての美しさを凌駕する圧倒的な美しさだった。自分を殺そうとしているのにもかかわらず、八雲の心は純のその美しさにどうしようもなく魅かれていた。

「き、君は、な、なんで僕を付け狙うんだ」

 八雲は恐怖とそんな純の魅了を振り払うように叫んだ。

「それは因果。とても強固な絶対の流れ」

 純は静かに答えた。

「な、何を言っているのか、わ、分かんねぇよ」

「輪廻」

「輪廻?」

 八雲を見つめる純のダイヤモンドのように輝き潤んだ瞳は、なぜかどこか悲しげで、泣いているようでさえあった。

「・・・」

 八雲はそんな純に戸惑った。純はそんな八雲を見つめ続けている。その目はやはりどこか悲しげだった。

「訳分んねぇよ」

 恐怖と混乱の絶頂に達した八雲は、そう叫ぶと、箒を大きく振り上げた。

「うわっ」

 その瞬間光が走り、八雲が振り上げた箒は軽い一撃で握っている柄だけを残し、一瞬で吹っ飛んでいた。

「・・・」

 八雲は手元に残った柄だけの箒を見つめた。やはり箒など、純の圧倒的力の前では、爪楊枝ほども役には立たなかった。そして、純はゆっくりと八雲に近づいて来た。

「ううっ」

 八雲はゆっくりと後ずさりしていった。

「あなたは・・」

 純は、その存在を感じられるまでに八雲に近づくと、何かを言いたげに、八雲を見つめた。

「うううっ」

 八雲は何もできずただ蛇に睨まれたカエルのごとく固まった。しかし、その時、純のその瞳の奥に吸い込まれるように見つめられた八雲は、目の前の純の存在を、八雲自身が抱き締めているかのように、はっきりと肌で感じた。その肉体、質感、息遣い、肌の白さ、美しい髪、瑞々しさ・・、八雲はやはり純は泣いているのだと思った。全身で・・、

 不思議な感覚に包まれている八雲の目の前で、純の黄金に輝く錫杖がゆっくりと振り上げられていく。それを八雲はどこか他人事のように、非現実的な感覚で見つめていた。八雲は目をつぶった。不思議と恐怖は感じなかった。もういい。とさえ思えた。

 ド~ン 

 その時、純の背後でいつかの部屋のドアが吹っ飛んだ。

「いつか」

 八雲が叫ぶ。飛び出したいつかが、そのまま純の背後からグラナダで襲い掛かった。いつかは完全に純の背後をとっていた。

「やった」

 いつかがそう思った瞬間、ものすごい光と共に、いつかは吹っ飛ばされていた。いつかの小さな体が長い廊下を転がっていく。

「くっ、やっぱ尋常じゃないわ。こいつ」

 いつかはすぐに立ち上がると、グラナダをかまえた。

 その時、純が両手を上げ、目を瞑った。そして、純の周囲を光りが覆い始めると、純は何か小さく呪文を呟き始めた。

「あっ」

 いつかが何かに気付き、大きく叫ぶと、ものすごい勢いでダッシュし、背を向ける純の脇を素早くすり抜け、八雲の下へ行った。そして、八雲の手を取って、そのまま全力で廊下の奥へと走り出した。

 純の足元には複雑な光の文字と共に、魔方陣が浮かび上がっていた。

「どうしたんだよ」

「いいから、全力で走るのよ」

 二人はいつか邸の長い赤い絨毯の敷かれた廊下を全力で走った。その時だった。

 ミシッ、 ミシッ、ギシッ、と、屋敷全体が大きくきしみ始めた。と思った瞬間、ものすごい轟音と共に屋敷全体が砕け、宙に浮いたかと思うと、それが全てものすごい勢いで、ものすごい圧力と共に崩れ落ちて来た。

「あああっ」

 八雲の目の前は、一瞬にして真っ暗になった。

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