第14話 食堂にて
「しかし、これは食べとかにゃ、損だ」
しかし、立ち直るのも早い八雲は、次々と様々に並ぶ目の前の料理を猛烈な勢いで食べ始めた。
「泰造たち、絶対こんなもん食ったことないだろうな」
一人八雲は、優越感でほくそ笑んだ。
八雲が料理に夢中になっていると、そこへ風呂から上がったいつかが、ふわふわのバスローブに身を包みやって来た。そして、黙って八雲の向かいの席に座った。
「やっぱり、俺のこと絶対男だと思ってないな」
綺麗な細い足を思いっきり露出した、いつかのセクシーなバスローブ姿に八雲は呟いた。
「何?」
いつかが八雲を見る。
「何でもないよ」
八雲は仏頂面で、パイを一つ口に放り込んだ。
「じい」
「はい、かしこまりました」
いつの間にか、いつかのすぐ隣りにあの老執事が立っていた。そして、間もなくしていつかの前にも、直ぐに次々と食べきれないほどの肉の塊りやら何やらの、見たこともない豪華な料理が運ばれてくる。
「まだ食うのかよ」
「当たり前でしょ」
いつかは、ナプキンを胸に挟み入れると、早速、ものすごい勢いで食べ始めた。
「・・・」
そんないつかの豪快な食べっぷりを見つめながら、八雲はこの華奢な体のどこにそんなに食べ物が入って行くのか不思議に思いつつ、この少女の規格外の胃袋に呆れた。
「君は一体何者なんだ」
めぼしいものを食べるだけ食べ、ある程度満足し、一息ついた八雲は、改めていつかに真剣な表情で迫った。
「・・・」
いつかは、めんどくさそうに胸に当てていたナプキンをサッととると、それで口を拭った。大量に並べられていた料理は、すでにあらかた食べつくされていた。
「じい」
「はっ」
しばらくして、食後のコーヒーが運ばれてきた。それは八雲の前にも置かれた。
「退屈なのよ」
いつかはコーヒーに大量の砂糖をドバドバと入れ、それをものすごい勢いでかき混ぜながら言った。
「退屈?」
「退屈過ぎてしょうがないの。私」
いつかは、普通の人間が見たら気持ち悪くなりそうなほど大量の砂糖を投入したコーヒーを平然と啜り、すました視線で八雲を見つめた。
「容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、そして大金持ち。全てがあり過ぎるっていうのは退屈なのよ」
いつかは真顔で言う。
「・・・」
八雲はあまりにいつかが自然体で言うので、何も言えなかった。
「君は僕を守るためにやってるんじゃないのか」
「誰かを守るというより、戦うことが好きなの」
そう言って、いつかは八雲を見てニッと微笑んだ。
「・・・」
こいつは尋常の神経じゃない。八雲は思った。
「あいつは何者なんだ」
「さあ、それは私にも分からないわ。あんな強烈な奴、今まで会ったことないもの」
「今までどんなのと戦ったんだよ」
「まあ、ほとんど魔物とか妖怪の類ね。大した事なかったわ。二回死にかけたけど」
「魔物・・?、二回・・、死にかけた・・?」
八雲は、いつかの発する聞きなれない言葉に戸惑った。
「っていうか、魔物とか妖怪なんてほんとにこの世に存在してるのか?」
「いるわよ」
いつかは平然と言った。いつかが、あまりにも当たり前に言うので、八雲は言葉に詰まった。それに、実際に信じられない光景は、八雲自身目の当たりに目の当たりしてきたのだ。
「人間の認識、経験している世界なんて、世界のほんの薄皮一枚くらいの表層の一部でしかないのよ」
いつかはコーヒーを飲みながらすまして言う。
「世界っていうのは多次元的に深く広大なのよ」
カップを置いたいつかは、困惑する八雲をその大きな力のある目で見た。
「・・・」
八雲には全く理解を越えた話だった。
「じゃあ、あいつも魔物なのか」
「さあ、はっきりしたことは分からないけど、多分その類でしょうね」
「俺はなんで魔物に命を狙われてるんだ?」
「さあ、前世の呪いかしら」
「前世の呪い?」
「前世の行いが悪いってこと」
「何で前世の行いで殺されなきゃいけないんだよ」
「相当ひどいことをしたのね。あなた」
「なんだよ相当ひどい事って」
「まあ、人殺し・・か・・、強盗か・・・、まあ、あなたのことだからレイプとか、強姦殺人とか、変態行為かなんかじゃないかしら」
「適当なこと言うな」
「あらっ、あなたが聞いたんでしょ」
「もういい.大体前世の記憶も無いのに、なんでその恨みや責任まで負わなきゃならないんだ」
「まあ、あなたの中に前世の要素が入っているんだから仕方ないわ」
「要素ってなんだよ」
「あなたがあなたでいるという要素よ。あなたはあなただけで生きているわけじゃないでしょ。それは時間や空間を超えてもそうなのよ」
「何言ってんだよ。分かんねぇよ」
「大学生にもなってそんなことも分からないの」
「偏差値教育以外は分からないんだよ。現代の学生は」
「全く・・」
いつかは呆れ顔で軽く息を吐くと、再び注がれたコーヒーにまた大量の砂糖を投入してかき混ぜ始めた。
「っていうかお前だってまだ高校生だろ」
「私は十四の時に、アメリカで大学は卒業したの。修士も博士もとれたけど、アカデミズムって退屈だからもうやめたわ。あんな記号化された単純な組み合わせの世界なんて、まったくくだらないって気付いてしまったの」
「それで魔物なのか」
「そう」
「・・・」
こいつは何か普通の人間とは次元が違うのだと、八雲は今の自分に身近な学力の差でようやく実感した。
「っていうかこんなにのんびりしていていいのかよ」
「大丈夫よ」
「うちにいた時も、同じこと言ってたぞ」
「あら、そうだったかしら」
いつかは、明後日の方を見てとぼけた。
「ここにも襲ってきたらどうすんだよ」
「大丈夫よ。この家はちゃんと結界が張ってあるから」
「結界?」
「そう、だからちょっとやそっとじゃ入ってこれないわ」
「だったら、なんで最初からここに来ないんだよ」
「私は仕事とプライベートは分けるの。それに自分のうちが壊されるのは嫌でしょ」
「人んちならいいのか」
「まあね」
「なにぃ」
八雲の怒りの歯ぎしりを尻目に、いつかは改めて運ばれてきたロースビーフの大きな塊を再び口一杯に頬張った。
「どんだけ性格悪いんだ。こいつは。っていうかまだ食うのかよ」
もう八雲は怒りを通り越して、もうこの少女自体、訳が分からなくなった。
ド~ン
その時、玄関の方でものすごい音がして、屋敷全体が大きく揺れた。二人は天井を見上げ、シャンデリアの激しい横揺れを見つめると、同時に顔を下ろし、目を合わせた。
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