第13話 いつか邸

「ここよ」

「あっ?」

 八雲は、いつかの指し示す家を見上げた。

「うああっ」

 八雲は我が目を疑った。目の前には、巨大なモスクと、中世のお城とパルテノン神殿と、江戸時代の殿様のお屋敷を組合わせたような、巨大な豪邸がそびえ立っていた。

「こんな宮殿みたいな家が、この日本に存在するのか・・」

 八雲は豪邸を見上げ、石像のごとく固まった。

「あるから今、目の前にあるんでしょ」

 いつかは身も蓋も無いことを言って、そんな八雲を置いてさっさとその豪邸の中へ入っていく。巨大な門扉はいつかに連動して勝手に自動で開いていく。

「君は一体何者なんだ」

 八雲はいつかの背を追った。

「普通の女子高生よ」

「ゼッタイ、普通じゃないだろ。これ」

 八雲は思いっきり力を込めて叫んだ。

 

「・・・」

 中はもっとすごかった。

「口開いてるわよ」

 八雲はいつかの声も聞こえていない様子で、茫然とその広大で豪華な邸内を見回していた。

 煌びやかな装飾のついた照明がぶら下がるどこまでも高い天井に、細かな装飾の施された壁や柱、廊下にまで敷かれたふかふかの絨毯。あちらこちらにセンス良く配置された、一目で高価と分かる壺や絵画などの装飾品。見るもの全てが規格外だった。

「・・・」

 八雲は言葉もなくそこに立ち尽くしていた。

「お嬢様」

 そこに、一人の身なりと立ち居振る舞いの立派な老人が現れた。

「おかえりなさいませ」

「うわっ、出た。執事、執事だっ!」

 八雲は、出てきた老執事に思いっきり指を差して叫んだ。

「うるっさいわね。いちいち騒ぐんじゃないわよ」

「本当にいるんだ。執事」

 八雲は現れた老人を、顔を近づけ目を飛び出さんばかりに凝視した。

「このお方は・・、お嬢様・・💧 」

 冷静な老執事も、さすがに少し戸惑い気味にいつかに尋ねた。

「ちょっとしたアクシデントよ」

「?」

 老執事は首を傾げた。

「じい、お風呂に入るわ」

「かしこまりました。全て整っております」

「また、入るのかよ」

「当たり前でしょ。走って汗かいたんだから」

 いつかは一人、八雲を置いてさっさと風呂場に行ってしまった。

「・・・」

 八雲は一人広大な屋敷の中にぽつんと取り残された。

「失礼ですが、お名前は」

 そこに、老執事が物腰柔らかく八雲に尋ねた。

「あっ、八雲。藤波八雲です」

 今まで経験したことのないシチュエーションに、八雲は妙に緊張してしまった。

「八雲様」

「はい」

「お嬢様がお風呂に入っておられる間、奥の食堂でお待ちくださいませ」

「は、はい」

「どうぞこちらへ」

 老執事は、ゆっくりと凛とした歩き方で屋敷の奥へと歩き出す。八雲はその後ろにおずおずと従った。

 老執事の後について、辿り着いた場所は、豪華なシャンデリアが天井から連なるようにぶら下がっている、映画でしか見たことのないような縦に長いバカでかいテーブルの鎮座する豪華絢爛な食堂だった。

 八雲は呆けたように、食堂を見渡しながら、老執事に導かれるまま、そのどこまでも長いバカでかいテーブルのちょうど真ん中辺りの席に、促され一人座った。

「何かお召し上がりになりますか」

「えっ?」

 そういえば、さすがに八雲も少しお腹が空いていた。それにこれから何が起こるか分からない。何か食べていた方がいいと八雲は思った。

「はい、何か軽く食べれたら」

「かしこまりました」

 そう言って軽く頭を下げ老執事が奥へ消えると、今度はそれと入れ替わるように、次から次へと若いメイドの女の子たちが、様々な種類のお菓子やらパンやら、見たこともない食べ物やらを持ってやって来た。

「あっ、メイドだ」

 八雲は、執事に続いてまた驚いた。

「メイドって本当にいるんだ・・」

 八雲は呆けたようにメイドたちを見つめた。

 メイドの子たちは、口を開けたままアホづらで自分たちを見ている八雲に、嫌な顔一つせず、にっこりと次々微笑みかけては、八雲の前に、持ってきた料理を置いていった。

「かわいい」

 八雲は一人そんなメイドたちに感動していた。

 メイドたちに見惚れている間に、八雲の目の前には食べきれないくらいの様々な料理が並んでいた。

「か、軽くって言ったよな・・」

 とりあえず八雲は目の前のパイのようなお菓子を摘まんで口に入れた。

「う、うまい」

 今まで味わったこともない感動的なまろやかな甘さと触感が、八雲の口内を駆け巡った。

「な、なんだこれ」

 八雲は次々と、夢中でテーブルに並ぶ料理を、食べていった。

「うまい、うま過ぎる。というかこんなものがこの世に存在したのか」

 今まで経験したことのない味と快感が、次々と八雲の脳内を渦巻いていく。

「ううっ」

 慌てて食べ過ぎたせいで、食べ物が咽喉につかえ八雲はむせた。慌てて、脇に置かれた紅茶を飲む。

「おおっ」

 それがまた、飛びっきりうまかった。

「なんだこれ」

 深いコクと、繊細な味わいが口の奥深くに沁み込み広がってゆく。夢中で食べていた八雲だったが、そこでふと我に返り、食べる手を止めた。

「今までの俺の生活っていったい・・」

 その時、八雲は、なんだか自分がえらく惨めな存在のように思えてきて、どこまでも虚しく悲しくなった。

「俺って一体・・」

 八雲の心を分厚い虚無の雲が覆った。

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