第12話 再びの逃避
「逃げろ」
八雲がそう叫ぶか叫ばないかのうちに、二人はベランダに飛び出ていた。
「あっ、グラナダ」
いつかは慌てて一人部屋に戻って、グラナダを手に掴んだ。
「早く早く」
八雲が叫ぶ。
「分かってるわよ」
いつかが叫び返す。その時、それと同時に、また純から光の一撃が走った。それをいつかが慌ててグラナダを盾にして防ぐ。
「くっ」
いつかは衝撃で吹っ飛び、ベランダに転がり出た。
「まったくもう、おちおち焼きそばも食べてらんないわ」
なんとか防いだいつかは、悪態をつきながら立ち上がった。
「早く早く」
そんないつかを八雲が急かす。
「分かってるわよ」
しかし、ベランダに出た二人だったが、ここは三階。飛び降りるには高過ぎた。二人は辺りを見回す。
「こっちよ」
いつかが、突然左隣りのベランダとの仕切りを見事な蹴りで突き破った。
「お、おいっ」
ベランダは横に繋がっていて、隣りの部屋とは避難用にすぐに外れる板で間仕切られていた。
「いいのかよ」
「避難の際はここを破ってくださいって書いてあるでしょ」
「蹴れとは書いてないだろ」
「とにかくいいのよ。緊急事態なんだから。あんた殺されたいの」
「あ、ああ、そうだな」
八雲は、今細かいルールなど気にしている場合ではないことに気付き、いつかについて、新しく開通した逃げ道を走った。
いつかは、その隣りの部屋、隣りの部屋と次々間仕切り板を、走る勢いのまま飛び蹴りで、蹴り破りながら突き進む。八雲もその後ろに続く。
隣り続きの部屋の住人たちは突然現れ、ものすごい音と共に、窓越しにベランダを横切っていく二人を、目を飛び出さんばかりに驚いて、見つめる。
更にそんな茫然とする住人の前を、ゆっくりとこの世のものとは思えぬ美しい少女が、ゆっくりと滑るようにベランダを横切って行く。
「・・・」
住人たちは、何事が起ったのか訳も分からないまま、言葉もなくただ茫然とするしかなかった。
二人が、角部屋まで来ると、いつかはその部屋の窓を開け、中に入った。
「!」
中には、若い学生のカップルが並んで座っていた。
「あらっ、ごめんなさい」
そう言いながらも、いつかはかまわず入って行く。
「・・・」
二人は茫然と、目の前をいつかが通り過ぎていくのを見つめていく。
「あっ、ごめんなさい」
その後ろから今度は八雲が頭を下げ下げ入ってきた。
「・・・」
部屋の二人はただどうすることもできず、突然入って来た二人を、茫然と目で追っていた。
「心配しないで、すぐ出ていくわ」
いつかはそう笑顔で言うと、固まる二人の視線を尻目に、玄関から外へ出ていった。
「すんません。ほんとすんません」
その後ろから少し遅れて、八雲も二人に申し訳なさそうに頭をペコペコと下げながら、同じように玄関から出て行った。
「・・・」
カップルはただ、言葉もなく二人の去って行った玄関を茫然と見つめた。
外に出た二人はマンションの階段を駆け下り外へ出た。
「絶対敷金帰ってこないよなぁ・・」
八雲が走りながら呟く。
「こんな時に何言ってんのよ」
「ものすごい気を使って生活してたんだぞ」
「まったくほんとせこい男ねぇ」
「でもなぁ、日本の敷金は高いんだぞ」
「大丈夫よ。あそこまで壊れれば火災保険でなんとかなるわよ」
「あ、そうか」
「急に明るくなるんじゃないわよ」
それから二人はとにかく、めくらめっぽう走り続けた。
「ふぅ~」
隣り町の外れまで来ると、いつかはもう大丈夫と、突然走るのをやめた。
「はあ、はあ」
その後を、少し遅れて荒い息をした八雲が追い付き、倒れ込みそうな勢いで両膝に手を付いた。
「ほんと情けないわね」
いつかは、呼吸すら乱れていない。
「お前が、タフすぎるんだよ」
八雲が睨むように、汗だくの顔でいつかを見上げた。
「さて、どこに逃げたらいいかしら」
いつかはそんな八雲など無視して、もう次のことを考えていた。
「今度はお前んちだ」
八雲がすかさずいつかを指差した。いつかが八雲を見る。そして、八雲を見つめたまま、しばらく固まっていた。
「まあ、それしかないわね。それだけは嫌だったんだけど・・」
いつかは溜息交じりに言った。
「下着も取りに行かなきゃいけないわけだし」
「ん?」
「何よ」
「お、お前・・」
「何よ。あなたが乾かさなかったんだからしょうがないでしょ」
「ということは・・」
八雲は、いつかのミニスカートと薄いニットに大きく浮き立つ胸を、下から舐めるようにまじまじと見た。
「な、何見てんのよ。この変態」
「いってぇ~」
いつかは真っ赤になって、八雲に思いっきり平手打ちをくらわせた。
「な、何すんだよ」
八雲が左頬を押さえながら言う。
「この変態っ」
しかし、いつかは、怒ってそのままスタスタと行ってしまった。
「お、おい」
八雲は言い訳をしようとするが、いつかはどんどん行ってしまう。
「ま、待ってくれよ。俺は裸足なんだぞ」
いつかは逃げる途中ちゃっかり、角部屋の住人のサンダルを失敬していた。
「お~い」
しかし、どんどん行ってしまういつかに、八雲はどうしようもなく、頬を抑えながらいつかの後を追った。
「そんな思いっきり殴らなくてもいいだろ・・」
追いかけながら八雲が情けなく呟く。必死でいつかを追い掛ける八雲の左頬は真っ赤に大きく腫れていた。いつかの力はやはり尋常ではなかった。
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