第10話 風呂上り
「ふーっ、さっぱりした」
いつかが風呂から出てきた。リビングにシャンプーの香りが漂う。
「長いよ。ん?わあっ」
八雲が振り向くと、飛び上がらんばかりに驚いた。
「おいっ、何やってんだよ」
「何って何よ」
「その格好だよ」
「しょうがないでしょ」
いつかはバスタオル一枚だった。
「洗濯しちゃったんだから」
「洗濯までしてたのかよ。どうりでいつまでたっても出てこないと思った」
八雲は呆れる。
「よくこんな時に洗濯まで出来るな」
「私に、また同じ下着着ろっての」
「まったく、また襲ってきたらどうすんだよ」
「大丈夫よ。気の小さい男ね」
「お前が鈍感すぎるんだ」
「まったくうるさい男ね。そんなだからモテないのよ」
「うるせぇよ」
いつかはそのセクシーな恰好で平気で部屋をうろうろする。
「あいつ絶対俺のこと男だと思ってないな」
「何?」
「いや、なんでもない。っていうか出たら換気扇回せよな」
八雲はそう言って、換気扇のスイッチを入れに風呂場に向かった。
「ああっ」
八雲が叫んだ。風呂場を覗くと、石鹸やらシャンプーやらが散乱し、嵐が過ぎ去ったみたいに無茶苦茶になっていた。シャワーも出しっぱなしだった。慌ててシャワーを八雲は止める。
「どうやったらここまで無茶苦茶にできるんだ・・」
八雲は茫然と風呂場を眺めた。
「まったくどういう育ち方を・・、ああっ」
八雲がぶつぶつ言いながら、リビングに戻ると、いつかが八雲のベランダに干していた洗濯物をゴミ箱に捨てていた。
「おいっ、何やってんだよ」
八雲は叫ぶと、慌ててゴミ箱に駆け寄った。
「あら、ゴミかと思った」
いつかはさらっと言った。
「まったくなんて女だ」
八雲は捨てられた自分の服を、慌ててゴミ箱から引っ張り出す。
「あああっ」
「何よ、ギャーギャーギャーギャー、さっきからうるさいわね」
「そんな格好でベランダに出るなよ。この辺は同じ大学の奴がいっぱい住んでんだぞ」
「いいじゃない別に」
「よくない」
八雲は、いつかを部屋へ入れると、ベランダの窓を思いっきり閉めた。
「何よ」
「ダメだ」
八雲はベランダの窓の前に立ち塞がった。
「何、体裁なんか気にしてんのよ」
「気にするだろ」
「じゃあ、あなたが洗濯物乾かして」
「え?」
「だって干せないでしょ」
いつかは八雲の顔を挑むように見つめた。
「・・わ、分かったよ」
結局八雲は折れて、奥からドライヤーを引っ張り出してきた。
「なんで俺がここまでしなきゃならないんだ」
ぶつぶつ言いながらも、素直に八雲はいつかの服を一つ一つ丁寧にドライヤーで乾かしていく。
「わあっ」
「今度は何よ」
「これ・・」
いつかの下着だった。
「あっ、もう、何握りしめてんのよ」
いつかは顔を真っ赤にしてひったくるように八雲の手から、自分の下着を奪い取った。
「お、お前が・・」
「この変態」
いつかが叫ぶと同時に近くにあったテレビのリモコンを投げつけた。それは小気味よくコーンという音と共にストレートに八雲の眉間に命中した。
「いってぇ」
八雲は額を抑えてうずくまった。
「な、なんだよ。お、お前が乾かせって言ったんだろ」
「まったく油断も隙もありゃしない」
「お、おい、俺はなぁ。お前が・・」
しかし、いつかは全く聞く耳を持っていない。すでにいつかの中で八雲は、完全に変態になっていた。
「あのなぁ、お前が・・」
「あ~、お腹空いた。なんかないの」
「あ?」
「お腹が空いたわ」
「よくこの状況で食欲あるな。どんだけ図太いんだよ」
「あら、食べなきゃ戦えないでしょ」
「ううっ、まあ、そうだけど」
「なんか作って」
「はあ?」
「なんか作ってよ」
「やだよ」
「おねが~い。なんか作ってぇ~。お願い」
いつかはかわいく微笑み、甘えるように八雲に向かって小首を傾げ、拝むようなしぐさをした。
「ううっ」
あざといが、しかしいつかはかわいかった。確かにかわいかった。それに自分を守ってもらっている手前もある。
「・・・」
八雲はしぶしぶ台所に立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。