第9話 八雲の部屋

「汚ったない部屋ね」

 八雲の部屋に入るなり、第一声、いつかが思いっきり顔をしかめながら大声で言った。

「うるさいな。人んち来て文句言うなよな」

「まったく、狭いし、よくこんなとこ住めるわね」

 いつかはそのまま、づかづかと無遠慮に部屋に入って行く。

「ワンルームなんて普通だろ、あっ、こらっ」

 遅れて八雲が部屋に入ると、いつかはいつの間にかグラナダを出し、壁に立てかけていた。

「床に傷がつくだろう。敷金が戻ってこなくなるじゃないか」

 八雲は慌ててグラナダに駆け寄る。

「何せこいこと言ってんのよ」

「しまっとけばいいだろ」

「いつ襲ってくるか分からないでしょ」

「ううっ」

 八雲は言い返すことができず、唸った。

「おいっ、しっかり床に刺さってるじゃないか」

 屈みこみグラナダの下を覗き込んだ八雲が、悲痛な声を上げる。

「大丈夫よ」

「何が大丈夫なんだよ。適当なこと言うな」

「全く気の小さな男ね」

 いつかは他人事だった。

「あ~あ」

 八雲が顔を近づけよく見ると、グラナダの尖った先端はフローリングにかなり深く入りこんでいる。グラナダは想像以上に重いらしい。

「まったく・・、ああっ、ああ」

 ふと八雲が上を見上げると、立てかける時に当たったのだろう、天井にも思いっきり突き刺さった穴が開いていた。

「おいっ」

 八雲はいつかを睨むように見る。

「何よ。女々しい男ね」

「お前こんなにデカい穴開けといてなんだよその態度は。それに女々しいっていうのはな、差別語なんだぞ」

「女の私が言うんだからいいでしょ」

「ううっ」

 いつかはそう言って、今度はすたすたと風呂場の方に歩いて行く。

「ああ言えばこう言う。全く、口の減らない・・、っておいっ、何やってんだよ」

 いつかは勝手に風呂場の扉を開けている。

「ここがお風呂?狭いわね」

「っていうか、こんな時に風呂入るのかよ」

「あったりまえでしょ。汗かいたんだから」

「スポーツか。っていうかいつ襲ってくるか分からないんだろ」

「大丈夫よ。ほんと女々しい男ね」

「お、お前が言ったんだろ」

 八雲は怒り過ぎて言葉が回らなくなった。

「ああっ」

 いつかが叫んだ。

「なんだよ。叫ぶなよ。隣りに響くだろ」

「脱衣所がない」 

 いつかは風呂場のドアの前で放心していた。

「そんなものあるわけないだろ。ワンルームなんだから」

「どうすんのよ」

「そこ閉めればいいだろ」

 リビングとキッチンとを仕切る扉を指した。

「私にこの通路で着替えろっていうの」

「贅沢言うな」

 しばらく迷ってから、いつかは扉を閉めた。だがまた、すぐに開いた。

「ちょっと覗かないでよね。覗いたら、私が殺すから」

 再び開けた扉から顔だけ出すと、いつかはそれだけ言ってまた閉めた。

「覗くか。お前みたいな生意気なガキ」

「ちょっと」

 いつかがまた顔を出した。

「なんだよ」

「バスタオル」

「もう」

 八雲は、いやいやしぶしぶ押し入れからバスタオルを取り出すと、いつかに投げた。

「汚いバスタオルね」

「ほっとけ」

 八雲の言葉も全く響くことなく再び扉は閉められた。

「なんて女だ。全く」

 八雲は怒りで頭の中がクラクラした。

「どういう躾されてんだ。まったく。親の顔が見たいよ」

 八雲がぶつぶつ言いながら、部屋の片隅のいつもの場所に座った。

「そう言えば泰造たち・・、置いてきちまったな」

 その時、八雲は初めて泰造たちのことを思い出した。八雲は携帯をポケットから、取り出した。

「ゲッ、嘘だろ」

 携帯はものの見事に壊れていた。純に攻撃された時にショックで壊れたのだろう。

「クッソー、なんで金の無い時に限ってこういうことになるんだよ」

 頭の中は修理代金の計算で真っ暗になった。

「これは買い替えかな・・」

 八雲は割れた液晶画面を見つめ、うなだれた。


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