第8話 いつか

「行ってくれ。行ってくれ」

 八雲は両手を握り、念じるように祈った。

「行ってくれ」

 しかし、なかなか純は動き出さない。

「・・・」

 やはり、何かを感じているのかもしれない。焼却炉の中の二人は、緊張に身を凍らせた。

 その時、光が再びゆっくりと動き出した。

「ほっ」

 八雲と少女は息を吐いた。

 しばらくして、完全に光も音も無くなった。純の気配も感じない。

 何とか気付かれずに過ぎ去ってくれたようだった。

「ふ~っ」

 二人は同時に安堵の溜息をついた。

「出ましょ」

 少女が辺りに慎重に耳を澄ませてから言い、二人は外に出た。

「名前くらい教えてくれてもいいだろ」

 八雲は、外に出ると少女に挑むように言った。

「いつか」

「いつか?」

「黒井いつか」

「君はうちの学生なのか」

「違うわ。私、まだ高校生だもの」

「高校生!」

「花の女子高生よ」

 そこでいつかは、八雲に向かってかわいく首を傾げると、いたずらっぽくおどけて笑顔を作った。

「・・・」

 八雲はこの状況で笑えるこの子の神経に呆れた。しかし、やはりかわいいと思ってしまう自分もいて、そんな自分にも呆れた。

「何で僕は命を狙われているんだ」

「因果よ」

「因果?なんだよ因果って」

「とても複雑な因果。説明は出来ないわ。とにかくあなたは狙われているの」

「どうして、君は僕を守ってくれるんだ」

「それも因果だわ」

 いつかはため息交じりに言った。

「何で俺が殺されなきゃならないんだ」

「あまりに複雑なの。あなたは」

 いつかは呆れたように言った。

「それに」

「それに?」

 いつかの手にいつの間にかあの巨大な武器が握られていた。

 八雲はこの時ふと思った。こういう時、映画なんかでは、一回去ったと思わせといて、突然また現れるというのがよくあるパターンだ。八雲は背後を振り返った。

「あっ、ああ」

 やはり、そこには凄まじいオーラを発した純が立っていた。

「ああ、やっぱり」

「おろおろするんじゃないわよ。男でしょ」

 いつかは動じることも無く、むしろ強気で、すかさず発した純の一撃をまた巨大な武器で受け止めた。

「やっぱり、とてもかなう相手じゃないわ」

「どうすんだよ」

「こういう時は」

「こういう時は?」

「こういう時は・・」

「うん」

「逃げるのよ」

「そればっかじゃねぇか」

 いつかは純からの一撃を跳ね返すと、もう走り出していた。

「おいっ」

 八雲も慌てて、その後を追った。


「はあ、はあ、これからどうするんだよ」

 二人は大学の敷地から出て、住宅街を走っていた。

「あなたの家に行きましょ」

「なんでだよ」

「他に行くとこないでしょ」

 いつかはそう言って、走る足を止めた。そして、八雲の家の方へと向きを変え歩き出した。

「おいっ」

  その時、八雲の低くくぐもった声が、いつかの背中に向かって響いた。

「何よ」

「なんで、うち知ってんだよ」

 八雲は重く鋭い目で、いつかを見つめる。

「さあ、なんででしょう」

 いつかは瞬時にとぼけ、そのまま何事もなかったみたいにまた歩き始めた。

「ちょっと待てよ」

 八雲は、堪らず叫んだ。

「まったく」

 いつかは溜息と共に再び立ち止まった。

「わけ分んねぇよ。ちゃんと説明してくれ」

 八雲は叫ぶように言った。

「めんどくさい男ねぇ。だからいつまでたっても彼女が出来ないのよ」

「なんで俺に彼女がいないって知ってんだよ」

「あらっ」 

 いつかは大きく視線を反らし、おどけるように右の手の平を口に当ててまたとぼけた。

「そんなの見たら分かるわ」

「お前ずっと俺の事付け回してたろ」

「なんのことかしら」

 いつかはすっとぼけた。

「気付いてたんだぞ」

 八雲が詰め寄る。

「それになんだよ、あの巨大な武器みたいなもんは」

「ああ、あれ?あれはグラナダよ」

「グラナダ?」

「隕石に含まれている特殊な物質の結晶で出来ているの」

 訳の分からない話を、さも当たり前みたいにいつかは言う。

「な、なんだよ。それ」

 八雲は、動揺するかと思ったいつかのそのまったく平然としているその態度に少したじろいだ。そんな八雲を置いて、いつかは再び歩き始める。

「お、おい、どこ行くんだよ」

「だから、あなたの家よ」

 いつかは振り向き、半ギレ気味に言った。

「いや、だから、お、おい」

 いつかは、八雲などお構いなしに、まったくマイペースに歩いて行ってしまう。問い詰めていたはずの八雲は、結局そんないつかの後を追いかけていた。

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