第7話 逃避
八雲と謎の少女の二人は廊下を全力疾走し、廊下の一番奥の教室に入った。
「くっ」
少女が、教室の窓から下を覗き、呻いた。ここは校舎の四階。逃げ場はなかった。梯子になりそうなものも一切ない。
「君は一体誰なんだ。これはどういうことなんだ。なんなんだよ。なんなんだよ。これは」
八雲は、矢継ぎ早に謎の少女に迫った。とにかく自分の置かれている状況が八雲には全く分からない。
「今はそれどころじゃないわ」
だが、謎の少女は、そんな八雲を軽く一蹴して、教室中を見回しながら、逃げる方法に全力で思考を巡らせていた。
「おいっ、なんでこんなことに・・」
しかし、八雲も収まらない。興奮して謎の少女になおも迫る。
バーン
その時、ものすごい音と共に、教室のドアが吹っ飛んだ。二人が、驚いてその吹っ飛んだドアの方を見る。すると、そこから純が、凄まじいオーラを纏いながら、ゆっくりと流れるように入って来た。
「・・・」
二人は、逃げ場もなくその場に固まったまま純の動きを見つめる。純はそんな二人に向き合うと、再びその金色の錫杖を容赦なくゆっくりと振り上げた。
再び閃光が走った。それはさっきまでのものよりも、さらに凄まじいものだった。
「うわぁ」
八雲はあまりの凄まじい光とエネルギーに、吹っ飛ばされそうになるのを必死で耐えた。
ものすごいエネルギーが教室を覆い、壁、床、天井、柱、ありとあらゆるものをきしませ、教室の窓ガラスは一瞬で、消えるようにどこかへ砕け、ぶっ飛んでいった。
「・・・」
全てが終わって八雲が顔を上げると、目の前には廃墟のような教室が広がっていた。
「なんなんだよ。なんなんだよ」
再び少女が八雲の前に立ち、持っていたあの巨大な武器で、守ってくれたおかげで無事だった八雲だったが、そのあまりの光景に頭を抱え叫んだ。
「なんなんだよ。これ」
「舐めてたわ。相手の力を」
叫ぶ八雲のすぐ近くにいた謎の少女が、真剣な表情で呟いた。
「逃げるのよ」
再び謎の少女が、叫び混乱する八雲の手を引っ張った。
「逃げるって・・」
謎の少女はもう一度、お札を、今度は三枚出し、素早くさっき飛ばした時と同じ動作と呪文を呟いた後、それを純に向け放った。再びそれは、様々な光の聖獣の姿となって純を襲った。純は再び、光の玉を発し、その攻撃を防ぐ。
「さっ」
聖獣が純に襲い掛かり爆発しているその隙に、混乱する八雲の手を取って、謎の少女は再び走り出した。八雲はよろけながらも必死で、その少女に引かれるままに走った。
今度はさっき来た廊下と反対側に出れたので、階段が見えた。二人は必至でその階段を駆け下りる。
一番下の階まで下りた二人は校舎の外に飛び出るように出た。人気のない校舎の裏庭を二人はなおも必死で走る。
「あいつはなんなんだよ」
八雲が前を走る謎の少女に向かって叫んだ。
「あいつは殺し屋よ」
「殺し屋?」
「そう」
「君は?」
「殺し屋」
「えっ?」
「とにかく逃げるの」
謎の少女は、混乱する八雲を尻目になおも走った。
「君は一体なんなんだ。何者なんだ」
そんな少女に八雲は食い下がるように叫ぶ。
「まあ、それはおいおい分かるわ」
しかし、少女は軽くいなす。
「あっ、こっち」
少女が右手の方に八雲の手を引っ張る。見ると、いつの間にか少女の持っていた巨大な武器は消えていた。
「なんなんだよ。なんなんだよこれ」
八雲は半分錯乱状態った。なぜ自分が、突然襲われ、この謎の少女と走っているのか、訳が分からなかった。
「いやな星が出ていたの」
「いやな星?」
「ええ」
八雲にはこの謎の少女の言っている意味が、全く分からず更に混乱した。
「とりあえずここに隠れましょう」
校舎裏の片隅に、もう使われていない小さな焼却炉があった。少女はその濃いオレンジ色に錆びきった鉄の観音開きの扉を開けた。
扉を閉めると中は思った以上に狭かった。二人は密着し、膝を抱え座った。
その時、謎の少女は、また、一枚のお札を取り出すと、またぶつぶつと呪文を口ずさみ、それを入り口の扉に貼った。
「さあ、これでいいわ」
八雲と並んで座ると、少女は見た目以上に小柄だった。
「・・・」
少女の腕が八雲の腕に当たり、少女の生の温もりとその存在感が、肌を通して八雲に伝わって来る。そんな場合ではないのは分かっていたが、八雲は少し、どきりとした。
あの謎の少女は確かに存在していて、そして、今、自分の隣りにいる。八雲は、その奇妙な感覚をどう受け止めていいのか混乱した。
「君は殺し屋だと言ったね」
しばらく沈黙した後、八雲は声が漏れないよう小さな声で言った。
「ええ、言ったわ」
少女も小さな声で返す。
「君も僕を殺すのか」
「さあ、それはどうかな」
「さあって・・、おい・・」
「しっ」
何か大きな光とエネルギ―が近づいて来る気配を感じた。それは八雲にも分かった。純だ。二人は息を飲んだ。
「・・・」
空気がピシピシと軋むような緊張が流れる。しかし、それに反し、辺りは不思議なほど静かだった。
扉の細い隙間から純の発する強烈な光が差し込んで来た。その光が、ゆっくりと右から左へと、方向を変え、八雲を照らしてゆく。
「そのまま行ってくれ。そのまま行ってくれ」
八雲は心の中で必死に祈った。
不気味に差し込む縦に細い光は、ゆっくりゆっくりと、八雲を通り過ぎ、謎の少女へと移動してゆく。
「そうだそうだ。そのまま行ってくれ」
八雲は必死で祈った。
「行ってくれ」
しかし、その時、突然光はその動きを止めた。
「・・・」
二人は再び息を飲んだ。光は止まったままそこに佇んでいる。
「ゴクッ」
八雲の喉が鳴った。永遠に感じる痺れるような時間が流れる。二人は緊張に身を固くし、息を殺した。
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