第4話 学食にて
五人は学食にいた。
「はあ~」
しばらく男三人はため息ばかりついていた。あの少女のあまりの美しさが頭にこびりついて離れなかった。
「あんな美人この大学にいたか」
泰造が八雲を見る。
「いや・・、いたら絶対に気付くはずだ」
講義堂で倒れた八雲だったが、しばらくして意識が戻ると、周囲の心配をよそに何事もなかったみたいに復活していた。
「編入か何かなのか」
「分からん」
「しかし、それにしてもすげぇ美人だったなぁ」
泰造はまだ、興奮の余韻冷めやらぬといったていで呟いた。
「この世の者とは思えないよ」
その横でハカセもまだ夢を見ているみたいな目で呟いた。
「やあ~ねぇ~。男って」
茜が、学食でなぜか女子に一番人気のイチゴシェイクを片手に眉をしかめる。
「ぼ~っと見惚れちゃって、バカみたい」
静香までもが呆れていた。
「でも、お前らだって、目が釘付けになってただろう」
確かに女子二人も、あの抗議堂にいた女子も全員だったが、あの時、少女の圧倒的な美しさに見入られていた。
「それにしてもなんで八雲君を見てたんだろう」
静香が首を傾げた。
「そうだ」
そこで泰造は素早く八雲の方に向き直った。
「ものっ、すっごく、見てたよね」
茜が力を込めて言った。
「そうそう。ずっとな」
泰造が興奮気味に言う。
「静かな、落ち着いた目だったわ」
静香が深く思い出しながら言った。
「知り合いじゃないんだよね」
ハカセが八雲に訊いた。
「全然。見たこともないよ」
「知らなかったお前はモテるんだな」
泰造が真顔で八雲を見る。
「絶対、違うと思う」
茜が力強く断言した。
「おいっ、俺も自分でそう思うけど、お前が言うな」
八雲は、少し怒り口調で言った。もちろん、茜は全く動じる風もなく、無邪気に笑っている。
「でも、あの八雲君を見るあの目は普通じゃなかったよね」
ハカセが呟いた。
「うん、ほんとほんと。ずーっと見てたもん 。静かにね。落ち着いてるんだけど、何かがあるみたいな目」
静香が同調した。
「それになんだか悲し気で・・」
茜が呟くように言った。
「気絶までしちまうしな」
泰造が八雲を見る。
「でも、心配した割にすぐケロッと復活するしな」
「ほんとよ」
茜が同調する。
「心配して損したわ」
「・・・」
八雲は、あの迫ってくる美少女の眼差しを思い出していた。あの時、八雲は何か心の深い、記憶の深い部分に、何か得体のしれない何かを感じた気がした。それがなんなのか、あまりにも微かで、漠然とし過ぎていて言葉にすることすらも出来なかったが、それは何かものすごく自分にとって重く、大事なことのような気がしていた。
「何かが起こってる。俺の知らないところで」
八雲は一人呟いた。
「何かが・・」
八雲は言い知れぬ何か不気味な恐怖を一人感じていた。そんな深刻な顔をする八雲を茜が横から心配そうに見つめる。
「しかし、謎の美女二人現るか。こりゃ面白くなってきたな」
泰造は一人面白がっている。やはり他人事だ。
「全然おもしろくないよ」
八雲がふくれっ面で言う。
「まっ、実質的に三人だけどな」
「はっ?」
「お前気づいてないのか」
「何を」
「ほんとお前は救いがたい鈍感男だな」
「何言ってんだよ」
八雲が訝し気に泰造を見る。
「あの美少女の名前が分かったわよ」
その時、突然、静香がスマホの画面を凝視しながら言った。誰かからメールを受け取ったらしい。普段あまり社交性のある方ではない静香なのだが、この辺の情報収集能力はなぜか卓抜したものがあった。
「何だよ」
泰造が急かせる。
「姫巫女純」
「姫巫女?」
珍しい聞いたことも無い名字に、驚きとともに他の四人が同時に反芻する。
「うん、留学生みたい」
「留学生なのに、変な名前だな」
泰造が首を傾げる。
「確かになんだか不思議な感じだね。名前が日本人なのに留学生・・」
ハカセも首を傾げる。
「なんか複雑だわ」
深い思考が苦手な茜が、首を大きくかしげる。
「・・・」
八雲は一人黙っていた。
「しかもなんでこんな三流大学に?」
「私を見たって、知らないわよ」
静香は、覗き込む泰造に言った。
「しかし、ありゃ人間じゃないぞ」
泰造が改めて言った。
「人間じゃなきゃなんなのよ」
茜が突っ込む。
「う~ん。女神?」
「バッカじゃないの」
茜はその大きな目をぎょろつかせて泰造を睨む。
「でも、あの美しさは神だよ。神レベルだよ。なっ、ハカセ」
泰造は興奮しながらハカセを見る。
「うん、確かになんか人間を超越したものを感じたよ」
その横で、ふだんあまり泰造とは話の合わないハカセも泰造に同調した。
「もう~、ハカセまで」
茜は不満顔だった。
「ははははっ」
茜がふくれっ面をすると、そこで、メンバーの中で大きな笑いが起こった。
「・・・」
八雲はそんなメンバーのバカ騒ぎの中で、一人あの何とも悲し気な少女の瞳を思い出していた。そこには本当に深い悲しみと、切なさがあった。あの瞳を思い出すだけで八雲の胸は切なさに痛んだ。
「・・・」
なんて悲しい目だったんだろう。八雲は思った。
「よしっ」
その時、突然、泰造が叫び八雲の肩を叩いた。
「何が、よしっ、なんだよ」
そこで八雲がびくっと我に返り泰造を見た。
「続きは、酒を飲みながらということで」
「やっぱそこへ行くのかお前は」
心底、呆れたように八雲は言った。
「あっ、でもいいじゃない。八雲君ちの近くになんか新しい洋風居酒屋できたし、そこ私行ってみたい」
茜が明るく言った。
「おっ、いいね。いいね。二次会は八雲ちでやればいいしな」
泰造はノリノリで同調した。
「じゃっ、そういうことで」
泰造が再び八雲の肩を叩く。
「そういうことって、どういうことなんだよ。おいっ、っていうか、なんで、うちへ来ることが勝手に決まってんだよ。それに二日連続だぞ」
しかし、八雲の訴えも空しく、他の四人はもう、洋風居酒屋へ向かって歩き出していた
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