第2話 飲み会
「それは確かに変だね」
八雲の部屋で、芋焼酎片手にハカセも首を傾げ、メガネの奥の細い目で訝しんだ。ハカセとはもちろんニックネームである。頭は良く、物知りなのだが、なぜか八雲たちと同じ地方の三流大学にいる。
「でも、悪い事じゃないんじゃないか。あんな美人」
テーブルを挟んだ向かいで、缶ビール片手に大きくくつろいでいる泰造は、やはり他人事だ。
「おいっ、お前はどう思う」
静かに日本酒を飲んでいた静香に泰造が話を振る。静香もメガネをかけたその小さな顔を小さく傾げる。
「不思議な話ね」
静香はそっけない。
「おまえそんな愛想ないと結婚できないよ」
泰造が堪らずツッコミを入れる。
「結婚だけが人生じゃないわ」
静香はやはりそっけない。
「ほんとかわいげないね」
泰造が呆れながら缶ビールをすする。
泰造、八雲、ハカセ、茜、静香の五人は性格がバラバラでなんの共通点もないのだが、なぜか気が合い一緒にいることが多かった。今日もリーダー格の泰造の呼びかけに、結局五人全員が八雲の住む安普請のワンルームマンションに集まっていた。
「目的はなんなんだろう」
「そこよね」
ハカセが言うと、すかさず直ぐ隣りの台所で、料理中の茜が首を突っ込む。
「こいつを追いかけてなんのメリットがあるかってことだよな」
泰造もようやく話しが盛り上がって来たと感じ、嬉しそうに言う。
「私も見てみたいな。その子」
静香が言った。
「おっ、やっと乗って来たな。めっちゃかわいかったよな」
泰造が茜を見る。
「うん、確かにかなりかわいかった。しかもすごくあか抜けてるっていうか、洗練されてるっていうか、こんな田舎にいる子じゃないわね」
「そうだな。そういえば・・、なんかちょっとうらやましい気もしてきたな」
泰造がビールを飲みながら首をひねる。
「知り合いじゃないのよね」
静香が八雲に尋ねた。
「全然」
「お前が忘れてるだけなんじゃないのか。ほらお前、すぐバイトやめて、転々としてた時期あっただろ」
泰造が片手に持っている缶ビールを突き出して言う。
「う~ん」
八雲は腕を組み首を傾げるが、思い当たる節はない。
「その時に何か恨みでも買ったんだろ」
「なんで恨みなんだよ」
「恨みがあるなら姿はなるべく見せないんじゃないかな」
ハカセが冷静に分析する。
「そうね。なぜ同じ距離感でいるかってことよ。多分そこが重要なんだわ。その女の子にとって」
静香も冷静に分析する。
「それにあんなかわいい子だったら、絶対忘れないだろ」
八雲が言う。
「そうだな」
それには泰造もすぐに納得した。
「じゃあ、幼馴染とか。お前が忘れてる」
「う~ん、幼馴染なんていたかな」
八雲は首を傾げて考えるが、全く思い当たるものがない。
「お前は忘れてるけど、なんか恨みを買ってんだよ」
「だからなんで恨みなんだよ」
「できたぜぇ~」
その時、隣の台所から茜が大きな土鍋を持って、リビングに入って来た。
「おっ、待ってました」
泰造が歓喜の声を上げる。
テーブルの真ん中に置かれた簡易ガスコンロに茜が土鍋を置き、そのバカでかい陶器の蓋を開けた。
「じゃじゃじゃ~ん」
「おおっ、めっちゃうまそう」
泰造が、興奮して湯気の立ち上る鍋の中を覗き込む。茜お得意のつみれ鍋だった。
「しかし、お前が料理得意ってのが未だに信じられん」
泰造が茜を見上げる。
「へへへっ」
茜は得意げに笑った。
「褒められてないぞ」
笑っている茜に八雲が突っ込む。
「へへへっ」
それでも茜は無邪気に笑っていた。
「これ、つみれも全部手作りなんだよね。すごいな」
ハカセは素直に感心している。
「さっ、食べて食べて」
茜が、世話焼きで、それぞれの器につみれ鍋を取り分けていく。
「おっ、うまい」
さっそく泰造が声を上げる。
「だろう~」
茜が泰造にどうだと言わんばかりに得意になって、腰を捻ってポーズを取りながら指を指し笑顔を向ける。
「うん、うまい」
八雲も言った。
「おいしい」
静香とハカセもハモルように言った。
「この汁がたまらんのよな。何で出汁とってんだ」
泰造が汁をすすりながら唸る。
「それは企業秘密よね」
茜がおどけて言う。
「俺たちに企業秘密にしてもしょうがないだろ」
八雲が再び突っ込んだ。
「へへへへっ」
茜は、それに対しても無邪気に笑っている。
「よし、改めて乾杯だ」
つみれ鍋に気分も高揚し、盛り上がったところで、泰造の掛け声に全員が反応し、乾杯した。とりあえず、謎の少女の話はいったん切り上げ、そこからいつもの飲み会が始まった。
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