問⋮薔薇のトゲは痛いですか?

 王立魔法学院―王宮から馬車で揺られること半刻の所にそれはある。ハルファイン王国の建国と時を同じくして生まれ、その歴史は200年にも及ぶ大陸最大規模の魔法学院だ。

 学院関係者はのべ1万人を超え、敷地面積は3平方キロメートルにも及ぶとされる。

 白亜の外壁に覆われた内には、学舎だけでなく演習場や王立魔法図書館、魔法の研究施設に至るまで様々な魔法関連施設が居を構える。つまりは、ハルファイン王国が誇る魔の集約地なのだ。


 そんな学院の一室では今日も講義が行われる。

 すり鉢状の講義室に数百人の学生が集まり、中心に立つ一人の男に注意を向けている。


「―っていうことから陣魔法学は魔力の少ない魔導師にとって非常にありがたい学問なんだ。なにか質問がある者は?」

 王立魔法学院教授を象徴する白装束を纏って黒髪紺瞳の男―ルークランス・マーリン―は頭から鋭く尖った三角の耳をぴくぴくと動かした。

 その問いかけに、何人かの生徒が挙手をする。

「えーーっと、じゃあエルリック」


「はい! ルークランス先生が発明した異世界召喚魔法なのですが、どのような発想から生み出すことができたのでしょうか?」


「うーん。あれは国家機密だし、できれば陣魔法学に関することを聞いて欲しかったんだが……まあいい、あの魔法論理の発想は真書から得たものだ」


「真書、というと始祖であるアンブローズ・マーリンの魔法書のことでしょうか?」


「ああ、そうだ。アンブローズが魔法を生み出したのは今から500年前。彼が弟子をもたなかった事は魔法史で習ったと思うが、そんな彼の魔法を受け継いだのが子孫たちだった。アンブローズは無類の女好きで知られるし、子供には困っていなかったからな」


 学生たちがくすりと笑う。

 ちょっとしたジョークを挟みながら進める講義は、ルークが学生たちから人気を集める理由の一つだ。


「そんな子孫たちはアンブローズの魔法を目で見て、耳で聞いて覚えたとされる。だがしかし、その習得方法はあくまで人の見聞によるものだ。確かにそれでも魔法は使えた。けどな、本質が外見とは異なるように、魔法を使えても魔法を知りつくしていることにはならないんだ。魔法を知るための真の魔法理論はアンブローズの持っていた、ちっぽけなメモ帳に記されていた。そして、真書はこのメモ帳から作られる。今ここで俺達が使っている教科書はその真書をある程度読み砕き、現代用に変換したものだ。この教科書には先代たちが分かりやすく魔法学を纏めている。そう言った面では非常に良質な教科書だ。だがその一方で真書でしか分からないことも少なからずある。そして、それを俺が読み解いた……そんなところだ」


 少し無駄な内容も含む話だが、学生たちは真剣な面持ちで聞き漏らさないように耳を傾けた。


「まっ、これ以上喋れば俺がクビになるからやめとくけどな……そんじゃ、今日の講義はこれで終わり! また来週!」

 その声を合図にして、学生たちは筆記具や教科書をばたばたと片付ける。魔法学院の学生は忙しいもので、次の講義へ向けてぞろぞろと退出していった。


 学生があらかたいなくなると、それに代わって一人の女性が講義室へと入ってくる。


「ルークさん、講義お疲れ様です!」

「ああ、ミラさん。お疲れ様です」

 胸まで伸びた金髪をなびかせる女性―ミラ・マーリン。黒を基調としたダブルスーツ風の制服をきっちりと着こなしているが、その顔つきからは、のほほんとした雰囲気を漂わせる。この学院の理事長秘書を務め、学生だけでなく教授たちからも人気がある美女だ。


「今日はどうかしました?」


「あの、明日の異世界召喚のことで少し理事長から言伝がありまして……その、今回は結果を残せ、と」

 どこか言いづらそうに視線を逸らす。


「あぁ。気にしなくていいですよ。前の2回は成功はしていてもコレという結果は残せなかったから……おやっさんの言うこともわかる」

「いえ、いえ! 成功しただけでも素晴らしいことです! 異世界召喚を叶えられること自体、それはもう時代を変えるようなことで!! 真書を読み解くだけでもすごい事だというのに、なんと言っていいやら……とにかくルークさんは凄いんですから!」

 興奮気味に頬を赤らめると、似つかぬ勢いでまくし立てる。それにつれて胸がこう、たゆんたゆんと…。


「そ、それは。ありがとうございます……いやー、でも実際なんの役にも立ってないですからね。1回目から成功した! と思ったら、召喚されたのは息も絶え絶えで生死の境をさまよっていたご老人。2回目も成功したけど、生まれたばかりの赤子。じいさんに関しては一命を取り留めたけど、俺たちの言葉が通じないし。赤ちゃんの方に関しては特に変わったところもない至って普通の子だった」

「そ、それは……そうですけど」


「あのおやっさんが言うのも分かりますよ。何しろ宮廷魔導師会でも、そりゃあもうくどくど言われるし。次失敗したら召喚魔法は禁忌魔法にするなんて言われる始末で」

本当の事だがジョークとして苦笑気味に話す。

 ある種、国の威信をかけた大魔法だからおやっさんたちの言うことも分かるしなぁ……召喚魔法の魔力コストは莫大だし。


「そ、そんなことを!? ……ちっ、なんていうくそじじいだ。死に損ないにはここら辺で一度身の程を分からせないと……」

 あいも変わらずおっとりとした表情。綺麗な顔から発せられるのは容赦がない殺意満載の研ぎ澄まされた言葉。

 そう、これがミラさんの本性である。なにしろ彼女は理事長秘書兼魔法暗殺学教授なのだから。俺が敬語になるのも分かってもらえるだろう。


「えっ、あっ。俺は気にしてないですからね?? だから、大丈夫ですからね?!」

 ミラさんがひとたびこうなってしまえば、犠牲者が出る。宮廷魔導師なら大抵知っている。

 なにせメチャクチャ怖いからだ、ミラさん。


「……あっ、ルークさん。少し理事長の事で急用を思い出したので失礼しますね。明日への準備頑張ってください」

 緩やかな笑顔。大人びた雰囲気に騙された男は数しれず。


「は、はい!……あんまり急用で頑張りすぎないでくださいよ??」

 ミラさんのあれが俺に向いたらと思うと……ああ子鹿の気分だ。まあ俺、狼人種なんだけど。


「お気遣いありがとうございます。それではッ」

 言い終える前から足元に展開された魔法陣は、ミラの姿を靄のように消し去る。

 魔法暗殺学に精通したミラさんの魔法は、俺をもってしても扱うことが難しい癖の強いものだ。

 その分、対魔導師用に開発された除去魔法に耐性を持つため、国としては使い手を増やしたいところである。


「……くそ、亡きおやっさんのためにも明日は結果を出さないとっ!」

 一人残された講義室で明日への決意を固める。



問⋮薔薇のトゲは痛いですか?

―解⋮はい、美しい薔薇ほどトゲは痛いものです

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