教えて、理央先生! 実は『かえで』は、『パラレルワールドの花楓』だったりして⁉

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二限目、『かえで』は消えてしまったわけではない、『別の世界』で今も生きているんだ。

「──ところであずさがわは、まさに現在この時、パラレルワールドなるものが存在していて、この現実世界との間で行き来することが可能だと思うかい?」


 は?


「……これはまた双葉おまえらしい、唐突な質問だな?」

 ──いや、そうでもないか。


 何せたった今、「記憶喪失中だけの仮人格の『かえでちゃん』とは、実は何と『パラレルワールドにおける花楓ちゃん』の人格のようなものとも言えるの」なんて、とんでもない話を伺ったばかりなんだ。もちろんこのことと、何か関連性があるんだろう。


 つまりこの問いかけに適切な答えを返せるかどうかが、これ以降の彼女の解説の方向性に大きく影響してくるってわけだ。──こりゃあ、うかつなことは言えないぞ。

 どこか底意地悪そうに瞳を煌めかせている白衣美少女に対して、ほんの数分間とはいえじっくりと思案した後で、どうにかこうにか答えを絞り出す。

「……確証はないけど、『絶対にあり得ない』とする根拠が無い限りは、存在するを否定することはできないんじゃなのか? おまえが毎度のごとく持論の拠り所にしている、量子論自体が『この現実世界の未来には無限の可能性があり得る』ことをモットーにしているんだし、しかもその量子論の一派である『多世界解釈』においては、まさしくパラレルワールド的な平行世界の一種である『多世界』なるものが、無限に存在することを説いているくらいだしな」

 しどろもどろになりながらも、どうにか『受け売り100%』の御託を述べ終えてみたところ、

 ──すぐさま、あまりにも情け容赦ない、お答えが返ってきた。


「ごめんね、梓川、また君を試すようなことをして。今の質問も完全な引っかけ問題というか、そもそも質問する意味なんか無かったんだよ。何せ、『世界』とか『時間』とかいったものは、我々人類が便宜上でっち上げた『概念』以外の何物でもなく、そんなもの最初から確固として存在してはいないんだ。──先ほど全否定した、『人格』同様にね。つまり『世界スペース』的にも、『時間タイム』的にも、我々にとっては、文字通りこの一瞬の『現在』しか存在しておらず、『過去』も『未来』も『他の世界パラレルワールド』なるものも、微塵も存在していないんだよ」


 はああああああああああああああああああああ⁉

「お、おまえ、過去や未来の世界を含む、他の世界が微塵も存在しないなんて、それって言わば、タイムトラベルや異世界転移の類いを、全否定してしまったようなものじゃないか⁉ おまえどんだけ、出版界にケンカを売れば気が済むんだよ!」

 俺はすぐさま、抗議した。

 それはそれは必死に、抗議した。

 ──だってこんな暴論許していたら、これから先Web小説界で生きていけなくなるし。

「いやだなあ、梓川。私は別に、タイムトラベルや異世界転移の実現可能性を、否定してはいないよ?」

「過去や未来の世界を含む『他の世界』なるものが、微塵も存在しないっていうのに、どうやってタイムトラベルや異世界転移をすると言うんだよ⁉」

「うん、ちゃんとできるよ? もしかして忘れているかも知れないけど、私は『まさにこの時、パラレルワールドなるものが存在していて、この現実世界との間で行き来することが可能か』どうかを聞いたのであり、しかも君の言う通りに現代物理学の根幹をなす量子論が、『この現実世界の無限の可能性があり得る』ことを保証しているのだからね、今この時には他の世界なんて微塵も存在しないけど、現在──すなわち、概念上の『未来』においては、ありとあらゆる可能性が存在しているので、過去や未来の世界や異世界等の、いわゆる『他の世界』に転移する可能性は、けして否定できないことになるのさ」

 へ?

「な、何だよその、『他の世界』の類いが、現在においては存在しないけど、未来においては存在するかも知れない可能性があるって? そもそもおまえは、他の世界の存在を肯定しているのか否定しているのか、一体どっちなんだよ⁉」

「……ふむ。あまり論理的すぎて、かえって混乱を招いたようだね。──だったら、簡単な具体例を挙げて説明してやろう。まず、タイムトラベルにしろ異世界転移にしろ、恣意的かつ肉体を伴った世界間転移については、絶対に不可能であることは、『質量保存の法則』等の物理法則に基づけば、十分ご理解していただけると思うが、それに対して偶然によるもの──すなわち、気がついたら過去や未来の世界や異世界にいたといったパターンは、けして否定できないのだよ」

「気がついたら、過去や未来や異世界にいたって……」

「例えば、朝目覚めたら戦国時代にいたとか、トラックにはねられて気がついたら、異世界の貴族の八男坊に生まれ変わっていたとかいったやつだよ。いかにも荒唐無稽そのものな話だが、この場合別に物理法則に背いているわけでもなく、あくまでも可能性の上とはいえ、その実現性を否定することはできないと思うんだけど?」

「──うっ」

 た、確かに。

 これってSF小説やWeb小説においては、あまりにもよくあるワンパターンのシチュエーションだけど、その実現可能性をあえて否定する根拠なんて、考えてみるまでもなく、どこにもないよな。

「もちろんこれらについては、論理的にもちゃんと説明可能だ。私は『夢と現実との逆転方式』と呼んでいるが、夜普通に就寝したり、あるいはトラックにはねられて死亡したり意識不明の重体になったりして、『意識の断絶』が生まれることにより、自分の周囲の環境──いわゆる概念的『世界』が、激変することを可能としているんだ。そう。この場合当事者はあくまでも『現在』において、『自分にとっての唯一の現実世界』に居続けているのであって、厳密に言えば、『世界間転移』なぞ行っていないのだよ。それと言うのも、常に現実なのは現在自分が存在している世界だけであって、たとえ睡眠や死を経ることによって戦国時代や異世界等といった荒唐無稽な世界に存在することになろうとも、まさしく『夢と現実との逆転』そのままに、当事者にとっては戦国時代や異世界こそが唯一絶対の現実世界なのであり、これまで現実世界と思われていた『現代日本』のほうは、まさしく夢幻のように消えてしまうって寸法なんだよ。──どうだい、これだったらさっき述べた、『現在において世界は一つしか存在しない』とも矛盾しないだろ?」

「‼」

 た、確かにこの『夢と現実との逆転方式』だったら、肉体丸ごとのタイムトラベルや異世界転移なんていう物理法則に矛盾したやつを除いた、SF小説やラノベやWeb小説に登場してくるタイムスリップや異世界転である場合、ほとんど全部実現可能というお墨付きをもらえるだろうし、同じく別人となった、記憶喪失中の仮人格である『かえで』が、『パラレルワールドの花楓』の精神体であるという説にも、十分な信憑性が──

「……いや、待てよ。確かに『かえで』本人の主観においては、あくまでも常に、世界間転移をし続けていると見なせるだろうけど、客観的に──つまりは、まさに僕たちの視点からすれば、現在今この時、『かえで』が存在している別の世界が、そこから彼女の精神だけが転移してきていることになるんじゃないのか⁉」

 そうだ、これだと『現在においては世界は一つだけ』という双葉のお説が、成り立たなくなってしまうじゃないか。

 しかしその白衣美少女は、場合によっては自信満々の自説が根底から覆されかねないというのに、相変わらず余裕の笑みを微塵も揺るがすことはなかった。

「おお、その反論、ちゃんと量子論に基づいているじゃないか、感心感心。──でも実はね、ここで先程同様に量子論だけでなく、集合的無意識論を持ち出してくれば、話が大きく変わってくるんだよ。──というか、集合的無意識の存在こそが、量子論に基づけば絶対に不可能だった、複数の世界間の同時的アクセスを、あくまでも可能とさせることができるのさ」

「え、見かけ上って……」

「ちなみに集合的無意識と言っても、巷で言われるようなオカルトめいたものではなく、ちゃんと量子論を始めとする現代物理学に基づいた、あくまでも現実的な真の集合的無意識のことだからね?」

「量子論に基づいているって、いや確か集合的無意識って、かの有名なユングが提唱した心理学における理論の一つで、すべての人間の精神世界のうち、最も深層にある無意識の領域が繋がり合っているという──つまりは、この世のありとあらゆる情報が文字通りという、いわゆる超自我的領域のことじゃなかったっけ?」

「確かに心理学的にはそうだろうけど、それじゃ何だかわけがわからないじゃない? 何よ、超自我的領域って。そんなもの存在するわけがないでしょうが。いい? 集合的無意識というものはね、量子論に基づきさえすれば、きちんと現実的に定義付けすることができるの。──そう。実は集合的無意識とは、先ほども話題に上がっていた、いわゆる量子論の言うところの、『未来の無限の可能性』そのものなの」

「集合的無意識が、未来の無限の可能性だって?」

「実はそもそもの提唱者であるユング自身は、全人類の共通のデータベースである集合的無意識には、有史以来の人類の──すなわち、過去と現在限定の人間の『記憶』や『知識』が集合してきているとしたんだけど、このように量子論に基づいて、集合的無意識が未来の無限の可能性そのものであるとして、定義し直せば、別に範囲を現在や過去に限定することも、対象を人間に限る必要も無く、未来をも含めたありとあらゆる世界のありとあらゆる存在の、『記憶』や『知識』の集合体ということになるからして、集合的無意識にアクセスさえできれば、記憶喪失状態の女の子が、『パラレルワールドの自分』の記憶や知識を、現在まっさらな状態にある脳みそにインストールして、まったく別人のようになってしまうなんてことも、十分実現可能なわけなのよ」

 ──っ。

 確かにこの説だと、本来現在においては同時に存在しないはずの、パラレルワールドの『かえで』の記憶や知識によって、花楓がまるで別人であるかのように言動するようになっても、別に不思議はないよな。

「……いや。集合的無意識にアクセスさえすれば、パラレルワールドの自分の記憶や知識をインストールできるって言われても、文字通り無限の可能性の具現である集合的無意識に、あくまでも生きている者が、どうやってアクセスすることができると言うんだ?」

「何言っているのよ、それこそまさしく、『思春期症候群』の仕業に決まっているじゃない?」

「──うぐっ」

 た、確かにこの『青春ブタ野郎シリーズ』は、思春期症候群によって説明不可能な不思議現象が起こっていくところこそが、ウリなんだけど、何でもかんでもこいつのせいばかりにしたら、ただの『思考放棄』じゃないのか?

「ああ、もちろん、それこそ量子論と集合的無意識論とを用いて、詳細かつ論理的に説明することだってできるよ? かいつまんで言えば、『この世界が何者かが見ている夢である可能性を否定できない限り、我々普通の人間も常に、「現実の存在でもあり夢の存在でもあり得る」という二重性を有することになり、これはまさしく量子における「形ある粒子でもあり形なき波でもある」そのものだからして、量子同様に「未来において無限に存在し得る別の可能性の自分」のすべてと、「重ね合わせ」という名のアクセスをする可能性を有することになり、これぞまさに未来の無限の可能性の集合体である集合的無意識とのアクセスの実現そのものであり、「未来の別の可能性の自分」の一つである、「パラレルワールドの自分」とアクセスして、その記憶や知識を自前の脳みそにインストールすることだって、けして不可能ではなくなる』、ということなの。──ああ、梓川はもちろん読者の皆様におかれましては、ここら辺の説明パートは読み飛ばされても構いませんから。ただ単に、『何でもかんでも思春期症候群のせいにしているんじゃなく、ちゃんと量子論や集合的無意識論に基づいて考察しているんだぞ』という、アリバイづくりのようなものに過ぎませんので」


 ……おいおい、最後の最後に来て、また随分とぶっちゃけたものだな⁉

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