サクラの出番は無いのか?

「よっしゃあ、トモエよくやった!」

「お見事!」


 先ほどまでの剣呑な状況が嘘のように、シズカとハヤトが手に手をとって喜んでいる。


「どうやら、上手くいったようだな。」


 ヒミコもほっと胸をなで下ろす。そして、トモエに帰還するように言おうとした、まさにその時……。


「それは……どうかな?……」


 アメノイワフネの中に不気味な声が響いた。


「な、何だ……?」

「通信割り込まれています。あ、あれは?!」


 スクナの声と、続く、ガチャリガチャリという重い金属のきしむ響きに外を見たヒミコは、そこにあり得ないものを見て絶句した。


 トモエの周りをおびただしい数の青いロボットが囲んでいる。いや、よく見ると、トモエだけではなく、青いロボットの群れはこのアメノイワフネも囲んでいるようだ。


 青いロボットは、赤いロボットとの戦闘によるものか、腕がもげたもの、胴がひしゃげたもの、というように、それぞれ見るに堪えない名状しがたい惨状となっており、さながらそれは、ゾンビの群れに取り囲まれたような様相だった。


「どういうことだ、アイツらあの赤い奴にぶっ壊されたんじゃないのかっ?」


 シズカは叫びながら、隣にいるハヤトの様子がおかしいことに気がついた。


「どうした新入り?肩ふるえてるぞ」

「あ、アイツは……」


 ハヤトの視線の先、アメノムラクモを構えているトモエと、取り囲んでいる青いロボットの群れの、丁度、その間の、空間に……この場に似つかわしくない格好の人間がいた。


 どこかで見たような、白衣を着た眼鏡の男。


 あれは、夢、のはずではなかったのか……。


「ごきげんよう、ENAの諸君」


 男が口を開いた。

 間違いない、この声、忘れるはずもない、あの男だっ!!


「お、お前はっ……」

「現れたな、伊佐美ナギの亡霊め!」


 意外なことに、ハヤトを遮り、ヒミコが叫んだ。彼女にしては珍しく、その叫び声に感情が乗っているのがハヤトにもわかった。


「これは、またひどい言い方をするな、倭ヒミコ。私は亡霊ではない、現在進行形だ。言っただろう、どんなに表面を取り繕っても、この国には既にシヴァが宿っているのだと。もっとも、お前よりもそこの少年のほうが知っているかもしれないがな。」


 男は、ハヤトを指さした。


「ヒ、ヒミコさん?あいつは、あの時、あのゲームで最後に出てきた男です。やっぱり何か知ってるんですか?」


 ハヤトは、ヒミコに詰め寄った。

 ヒミコは、それまで彼女が見せたことのないような困った顔をしている。それは、彼女がハヤトのことを忘れるほど、あの男に対して感情的になっていたことの証左だった。


「何とか言ってください、ヒミコさん!!」


 普段のハヤトであれば、ヒミコの様子を見て客観的に判断してやめていただろうが、彼自身もあの夜の記憶のフラッシュバックで精神を相当にやられていたのだ、自分では止められなかった。


 しかし、意外なところに救世主はいた。


「やめろ、新入り。隊長が困ってるだろ。隊長も、らしくないっすよ、落ち着いてください。」


 シズカが、ハヤトとヒミコの間に割って入った。


「石凝……」

「シズ……石凝さん?」

「お前の疑問にはアタシが答えてやるよ、新入り。アイツは、いつもアタシたちの前に現れて邪魔するんだよ。フリーネットワークのボスだって言われてる」

「あの男がフリーネットワークのボス……?」

「そうだ、そしてアイツは、伊佐美ナギを名乗っている。この名前、聞いたこと無いか?」

「伊佐美ナギ……」


 ハヤトは、自身の記憶を探った……。


 そうだ、伊佐美ナギ、クリスマスの悲劇の首謀者だと言われた人物だ。残念ながら、悲劇の事件の最中で死亡しており、真実彼が首謀者であったのかは今もって不明とされている。


「あの……伊佐美ナギですか?」

「知ってるみたいだな。そうだ、伊佐美ナギは十数年前に死んだって言われてる人物だ。アイツがその名前を名乗っている理由は全くもってよくわからんが、どうせテロつながりでネームバリューのある名前をってことなんだろうぜ」


 苦々しく吐き捨てるように、シズカは言った。……そこまでは格好よかったのだが、足下がお留守になっていたらしく、何かで足を滑らせて、転びそうになる。危ない!ハヤトは、必死に彼女を受け止めた。


「す、すまん……」

「い、いえ……」


 なぜか照れる2人。自分を取り戻し、その様子を微笑ましく見ていたヒミコだったが、そろそろ潮時のようだった。


「……ごほん、2人とも、今は戦闘中だ。そろそろ持ち場に戻ってくれ」

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