少女と青い剣

「私……出る……」


 ふいにトモエが言った。


「出る?君が?」


 ハヤトは耳を疑った。


「そうだな、橘、頼む」


 ヒミコが頷いた。


「どういうことですか?死んじゃいますよ?相手建設用の重機ロボですよ?」

「落ち着け、秋津……」


 ヒミコに食ってかかるハヤトを横目に見つつ、トモエは壁のボタンを押した。


 プシューという音とともにハッチが開いた。

 そして、彼女は外に跳躍する。


 それとほぼ同時に、斜めになっていた機体がもとにもどる、ズシンと腰にひびく振動がした。


「総員状況確認!」


 ヒミコの声に、慌ててシズカとハヤトはモニターを凝視した。

 そこには、赤い巨体に怯むことなく対峙する少女の姿があった。


 彼女に手をのばすロボット。

 しかし、その手は何もつかむことはない。彼女は優雅にくるりと宙を舞い、その攻撃を躱していた。


「綺麗だ……」

「橘は……あの子は、特別なんだ」


 一度の失敗にあきらめることなく、次々と両腕を振るうロボット。しかし、やはり彼女をその手につかむことはなかった。


「ん?青い……剣?」


 気がつくとトモエの手に、青く輝く剣のようなものが握られている。あれは、忘れもしない、初対面のあのときに手にしていた……。


 憮然とした顔のハヤトに、シズカが言った。


「あれは、アメノムラクモ。まあ見てな」


 脇の瓦礫から、瓦礫へと跳躍し、最も高い位置へ。


 彼女はそこから対象に向かって飛んだ。

 赤い巨人はその手を彼女がいた場所にふるったが、瓦礫の山を砕いたにすぎなかった。

 なおも、彼にとっては運の悪いことにその山に手をとられてしまったことになる。


 その動けない彼に向かって、巴は青い剣を振りかぶり上段から一閃した。


「ナノマシン、対象への到達を確認」


 車体上部映像スピーカーから、スクナの声が響いた。


「ナノマシン?何です?」

「ナノマシンっていうのは目に見えないくらいの大きさのロボットだ。アメノムラクモには、通信・制御用のナノマシンが搭載されてんだよ。今回みたいな対象にとりついて、動作停止させるためにいろいろすんのさ」

「石凝さんって……単なる暴れ運転手さんじゃないんですね……」

「なんだとコノヤロウ!!」

「ぐぎぎぎ……」

「2人とも……まあほどほどにしておけよ」


 いろいろあきらめたヒミコの横で、シズカがハヤトにヘッドロックを決めている間にも、状況はすすんでいく。


「対象の外部との通信を遮断しました。ナノマシンからの情報に基づき、パターンの分析を行います」

「あ、アイツ動きますよ?」


 ようやく瓦礫から抜け出したロボットが再びトモエを襲っていた。


「通信を遮断しても変わらず動作するってことは、今回の暴走は外部からのコントロールじゃないってことだ。まあ、遮断することでさらに何か悪いものが拡散することを防ぐという意味合いもあるから重要なんだぞ」

「なるほど、しかし、僕らこうやって見てるだけでいいんですか?」

「かえってトモエの邪魔になるからな。下手に手出しできない。今はただ、副隊長の分析を信じて待つしかない」

「あー、もう、やきもきしますね」

「トモエのこと心配してるのはお前だけじゃないからな、覚えとけよ、新入り」

「石凝さん、意外にいい人でもあるんですね」

「な、ん、だ、と!!」

「お前ら……本当にほどほどにしておけよ」


 再びヘッドロックが決まったまさにそのときに事態が進展したらしい。


「こちらセンターのククリ、分析完了、ワクチンプログラムを送るわ」

「副隊長の指示に従い、アメノムラクモにワクチンプログラムをダウンロードします」


 その刹那、彼女の手にもつ青い剣はさらにその輝きを増した。


「了解……」


 つぶやくと、トモエは斜めに剣を構えた。そして、飽きもせずに彼女に殺到する赤い奴に横凪に振り払う。


「ターゲットのインターフェースにナノマシン接触、ワクチンにより対象を浄化します」


 トモエが剣を宙にくるりと一回転させて、収める。


 ロボットは、その後もしきりにトモエに手を伸ばしていたが、時間の経過に従い、動きが鈍くなり、やがて苦しむように軋むと、その場に崩れ落ちたのだった。

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