第6話 ファーストミッション
敵がいなくても危険が危ない
「お兄ちゃん!」
目の前にサクラがいる。
そしてサクラの声で「お兄ちゃん」って言っている。
ハヤトは夢ではないかとほっぺをつねってみた。
……うん、痛い。
しかし、やってはみたものの、なんでいちいち漫画とかはほっぺをつねるのだろうか?下手をしたら痕が残りそうだし、さらに女の子だったらと思うと、それが心配で溜まらないのだが……。
いや、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
これは夢ではないのだから。
「サクラ!」
ひっしと抱き合う。
うん、間違いない、間違えるはずがない、この匂い、この感触、明らかにサクラだ。
今日はあのテストの翌日である。
「テスト中断による心身への影響が心配されるから、大事をとるように」とヒミコに言われ、彼としてもずっと気が張っていたこともあるのだろうが、あれからずっとこの医務室のベッドで眠っていた。
そして、丁度彼が起きた頃にヒミコと例の白衣の女性、稲田がサクラを伴って部屋に入ってきたのだった。
「サクラ、あれから大丈夫だったか?」
「うん、お兄ちゃんがいないのは寂しかったけど、ヒミコさんとかククリさんとか他の人とかみんな優しくしてくれたよ」
「……ククリさんって誰だ?」
サクラが眼鏡で白衣の女性を指さした。
その一瞬ハヤトが固まったのを彼女、ククリは見逃してくれなかった。
「そうだ、私の名前だ。
「いえ、思ったより、その、か、可愛い名前だなと」
「ククリさん、可愛いよー」
ハヤトにしてみれば繊細で優雅でちょっと冷たい印象だっただけにククリという可愛らしい名前であることがおかしく思われたのだ。
それが完全に見破られている。
こういった時、女性に対しては、逆に隠す方が損をすることが多いことをハヤトはタマコとの生活で学んでいたので素直にそのまま言葉にした。
どうやら、それは功を奏したようだ。
「そうね、よく言われるわ。でもね、サクラならまだいいんだけど君にはあまり下の名前で呼ばれたくはないわね。名字でお願い」
「はい、稲田さん……」
丁度タイミングが良いと考えたのか、ヒミコがここでその場にいる全員にむかって言った。
「さて、感動のご対面のところ申し訳ないけれど、一緒に仕事をする他のメンバーにも合わせたい。秋津ハヤト、もう立てるな?」
「はい」
「よし、ではついてこい」
「ここだ」
ヒミコに案内された建物の入り口の上には、ENAというアルファベットが並んで書かれていた。
「ENA?」
「後で説明する。まずは中に入れ」
せかされて後につづく、エスカレータで2階にあがり、廊下を少しすすんだところの扉の前でヒミコは立ち止まった。
「ここだ。メンバーには既に話を通してある」
「お兄ちゃんサクラが開けてもいい?」
「ええっ?」
「サクラが開けるね。えい!……あ!お兄ちゃん!」
ハヤトは次の瞬間宙を舞っていた。
2m程滑空しただろうか、「ああ、俺飛んでる」と意識する余裕があったのには違いないのだ。
当然、スムーズな着地などできず、直後したたかに腰と背中をうってのたうち回る。涙を浮かべながら、起き上がると、目の前のサクラがこちらに掌底を向けていた。
「いてて……な、何するんだよ、サクラ」
「ごめん、お兄ちゃん……でも……」
ハヤトは、サクラの視線の先、自分が先ほどまでそこにいた位置の床に大きな穴があいているのに気がついた。
「うーん、どこかでもあったなこういうシーン……いや、そういう問題じゃない。」
床から上に視線を向けるとそこには、肩まである銀色の髪をなびかせて女の子が立っていた。身長はサクラと同じくらいだ。ヒミコと同じ型の制服を着ている。
そして、その手に、何か光る棒のようなものを持って、しきりに首をかしげている……。よく見ると、持ち手があり先が鋭角になっているから棒ではなく……剣か?
「タイミングは…あってた…」
タイミング?何のタイミングだ……あの穴、あれで開けたのか?どういう道具だ?もし俺にジャストミートしていたら……。
本来、こういった場合、非難の言葉の一つでも言うのだろうが、ハヤトは最悪の事態の想像に加え、目の前に立つ、サクラと幾分も違わないように見える少女が、おそらく、九分九厘その行為を行ったということが信じられず、頭が混乱してもはや言語といえないに言葉をあげることしかできなかった。
「け、剣が俺で、俺が剣……」
そんなハヤトの声が聞こえたのか、それともこの辺りを支配する異様な空気を感じてか、突然扉の中から、別の女性が首を出してきた。
栗色の髪を無造作に後ろで束ねている、ポニーテールなのだろうが、クセ毛なのかウエーブがかっている。少女と違い、制服ではなく緑色の作業着らしきものを着ていた。こちらはハヤトよりも幾分年上に見える。
「トモエー、新入り驚かすのはいいけど、あてたらだめだぞ……ん?」
周囲を見回し、そこにヒミコとククリの姿を認めたせいか、栗色髪の女性の顔色が変った。
「ご一緒でしたか、隊長、副隊長……」
「
「いやー新入りの実力ちょっと見てみたいなって、ほら、避けてるみたいだから結果オーライじゃないですか」
「そういう問題ではない!」
石凝、その名前にハヤトは聞き覚えがあった。確か、フリーネットワークの黒服とカーチェイスをしたときに、ヒミコが連れてくるべきだったと言っていた。
となると、初対面のハヤトの目の前で、おくびも無く怒られている、一見だらしなくも見えるこの栗色の髪の女性は、実は見かけによらず相当な実力者なのだろうか?
「私が……やった……シズカは、悪くない」
「トモエー、お前だけだよー、アタシのことをわかってくれるのは」
あのカタコトで話している銀髪の少女は、トモエというらしい。
栗色の髪の石凝、こちらはシズカだったか、に泣きながら抱きつかれて、その頭をヨシヨシする様は、一見平和そのものにしか見えない。
もっとも2人の企みの犠牲者としては素直にその平和は受け入れられないのだけれど、そんなことを考えながら、ハヤトは、先ほどの混乱が嘘のように消えている自分に気がついた。
例のカーチェイス以来短期間でいろいろありすぎたから、急転する状況というもの自体に慣らされすぎてしまったのかもしれない。
「あー、もうわかったから、石凝も橘もさっさと中に入れ、その新人が困っているだろう」
「イエッサー!」
「……入る」
ハヤトの心境を察したこともあるだろうが、何より場をなんとかしなければという責任感だろう。そんなヒミコの声に一同従うのであった。
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